夢から夢に醒めても

どうか

貴方は消えないで



 < ゼロカラ。 >





 「 ……ぅん… 」



朝日がカーテンの隙間をすり抜け トキヨの柔肌を照らす


トキヨはまだ醒めきらない意識の中 何度も瞬きをして
自然光の明るさに眼を慣れさせる

次第にはっきりとする視野に飛び込むのは
雪の様な真っ白いシーツに真新しいパジャマと見慣れない部屋の情景
起き抜けの身体をのっそりと起こして長い髪を適当にゴムで束ねる


 「 …はあ…昨日はなんて長い一日だったんだろう 」


寝ぼけ声でぼやきながら首をコキコキと左右に動かすトキヨ


 ( え〜と…とりあえず服に飲み食いに家と、
   衣食住はなんとか無事にクリアしたわけだよね〜。 )


ぼんやりと昨日からの出来事を反芻し終えて 
ベットサイドに位置する両開きの窓を開け放つトキヨ 
清涼感のある風が心地良く それを胸いっぱいに吸い込む

そこに


 「 起きたか? 」


軽快なノック音の後にこの家の主の声が此方に掛けられた


 「 は、はい 起きてます 」

 「 朝食をとるから下に降りて来なさい 」

 「 はい… 」


ドアの向こうで足音が遠のいたのを確認してトキヨは勢いよく枕を
ぎゅう〜!っと抱きしめた その表情といえば…


 ( キャ――!!!ロイと一つ屋根の下ぁ〜!!!vvv )


…ハイテンションな心情に伴った正にニヤケ顔である。




こうしてトキヨの新たな生活がスタートした





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 「 …お早う御座いまぁす 」

寝癖などを直し 恐る恐る食堂へと顔を出す少女に
ロイは入室を促す様に椅子をひいてやる


 「 お早う さあ、かけたまえ 」

 「 は、はい…/// 」

 「 昨日はよく眠れたかい? 」

 「 はい おかげさまで 」

トキヨは遠慮がちに小さく会釈しながら着席した
伏せている視界にはロイが作ったらしい朝食が二人分 用意されていた

それが嬉しくて心が温まるトキヨ


 「 男の独り身だから 大層な物は作れなくてね 」

 「 そんな事ないですよ! 作ってくれて有難う御座います…/// 」

向かいに腰掛けるロイに首を振ってにこり、と感謝の意を表す 
そんな少女にロイも笑みを返す

 「 さ、食べよう 味は…まぁ不味くはないと思うよ? 」

 「 そーだったら今度は私が作りますよ☆ 」

 「 ああ 頼む 」


そんな冗談交じりに始められた朝食はロイにとって何処か新鮮だった


独りで暮らしているのだから会話をする相手などは居るはずもなく
いつも沈黙に包まれていたこの空間に自分以外の<声>がある事

それが可笑しくもあり 不思議であり 


また――― 


食べなれたはずの食事の味すらも変えた気がした…










 「 ご馳走様でした 」


食事を終えて御膳に手を合わせるトキヨ
その声に先に食べ終わって新聞を読んでいたロイが顔を上げた

 「 口に合ったかね? 」

 「 はい!おいしかったです! 」

この日の朝食のメニューといえば コーヒーにパンにスクランブルエッグ 
その横にプチトマトを添えたものであった 

とくにどうという様な料理ではないのに
無邪気な笑顔でそう応えるトキヨにロイも思わず口元を緩める


 「 それは良かった 」


そういうとロイは新聞を折畳み 椅子を立つ
そしてトキヨの分の食器も片付け始めた

 「 あ、私がやりますから! 」

 「 いや 君は出掛ける準備をしてきなさい 」

 「 でも… 」

 「 手伝いの者が後から来るから気にしなくていい 」

トキヨは「はい」と小さく返事をするとトテトテと部屋へ向かった




このマスタング邸を初めて眼にした時 少女は開いた口が塞がらなかった

何せ 独り暮しと聞いていたので広めのアパートか何かに住んでいるかと
思っていたのだが…その予想は悉く裏切られたのである

それは… 


独りで暮らすにはどうだろうとツッコミたくなる立派な佇まい


家族で暮らす為の普通の二階建ての家だが
ロイ独りで使用していると聞くと無駄に広く感じる
西洋の造りは広い物が多いイメージがあるからかも知れないが…
自分が与えられた部屋もゆとりがあり過ぎるといった風である




そして トキヨとしてはもう一つ気がかりなのが―――




 ( 勿体無いなぁ…てか朝と夜くらいしか使わないんじゃねー? )


彼は仮にも国軍大佐
しかも東方司令部では司令官としても日々 仕事に明け暮れている
その為に自宅でのんびりなどとうつつを抜かしている暇などはないだろう

…真面目に効率よく仕事をこなさないロイ自身にも非はあるが。


とにかく この家はすごいが生活感に欠けている


先程ロイが云っていた手伝いの人が掃除もしているのだろうか
部屋には散り一つ見当たらない 


部屋で着替えながらそんな事を廻らせ 改めて思う




淋しくはないのか、と…





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支度を終えて 階下へと降りると玄関から声がかかった


 「 こっちだ 来たまえ 」


トキヨは「はーい」と少し小走りでロイの元へ駆け寄る



 「 お待たせしました 」


 「 …ほう なかなかだね 」

自分を見上げてくる少女の容姿にロイは目を見張った

黒のタートルネックのタンクトップに紫のワイシャツを羽織り
膝下丈の紺のデニムパンツにブラウンのショートブーツと
落ち着いた感じのカジュアルに仕上げた物だった

 
 「 リザさんがコーディネートしてくれたんですよv 」

感心しているロイにトキヨは嬉しそうに笑いながらくるり、と回って見せた

 「 そうか流石は中尉だな よく似合っているよ 」

 「 ありがとう☆ 」

 「 ふむ……だが惜しいな  」

 「 ? 」

何気なく放たれたその言葉にトキヨは首を傾げると 


 「 いや 何でもないよ 」


と、流されてしまった。






目的地である司令部へ徒歩で向かいながらロイは軽く辺りの案内をした
この先の通りに商店街があるとか、何が有名だとか
他愛のない会話をしながら歩を進める二人 

そんな時に


 「 ん?どうした 」


トキヨが静かに足を止めたのでロイも二、三歩前の所で静止し
少し困った様子の少女に問いかける

 「 疲れたかい?それとも何か忘れた物でも? 」

 「 いえ ただその、貴方の事なんて呼べばいいかなって… 」

 「 私の? 」


そういえば彼女は昨日からの一日で自分を呼んでいない

最初に会って「ロイ」と口にして以来 
名前らしい名前は呼ばれてはいなかった

ロイにしてみれば別段 気に留める程の事でも無かった為
今まで「あの」や「すみません」などで対応できていた


 「 別に君の好きな様に呼んでくれて構わないよ? 」

 ( それが一番困るんだよね…; )

 「 あ、はい…じゃあ……大佐さん? 」

と、顔色を窺い 見上げてくる少女にロイは少し苦笑する

 「 …出来れば『さん』は無くして貰えると助かるんだが。 」

 「 はい 分りました 」

受け応えるとトキヨはまた歩き始めた
それを見て ロイも司令部へと足先を向けた

トキヨは小さな痞えが取れてひとまず、といった様だった


 ( でも…本当はロイって呼びたいんだよね〜 )

…少々の不満を残してはいるが。


 「 …トキヨ 一ついいかい? 」


ふと、ロイが何かを思い出したように切り出した

 
 「 はい? 」

 「 礼儀正しいのはいいが なるべくなら私への敬語は無しだ 
   堅苦しいのは落ち着かない その方が気兼ねなどせずにいいだろう? 」 

 「 ぁ… 」

「どうかね?」と柔らかな表情なロイにトキヨは自然と破顔する

そして 応えは勿論


 「 …うん!ありがとう 大佐!! 」


 ( 流石はロイ☆この優しいのなんのって!vv ) 

一気に浮上したトキヨはまさにルンルン気分である。



しかし

そこが落とし穴だったりする様だ

 

 「 …トキヨ さっき玄関で思ったんだが 」

 「 ん?なぁに☆? 」

ロイが流した話だと思い トキヨは興味津々で耳を傾ける 

すると 今度はロイが突然立ち止まり
トキヨもロイを見上げたままその動きを止めた

きょとんとしている少女にロイは


 「 え…… 」


ふいに顔を近づけ 耳元へとその唇を運ぶ

突然の事に直立不動になるトキヨ
その頬と耳は朱く染まって熱を帯び始めた


 「 ………君が 」


 「 ッ…/// 」


ロイの息を感じて思わず声が出そうになるのを耐える


そして 




 「 『 …昨日着ていたミニスカートの方が私は好みだ 』 
   と、云いたかったんだ 」



その言葉を聞いてばっと勢いよく後ろへ退くトキヨ
囁かれた左耳を押え 顔を真っ赤にして思いっきりガンを飛ばす

当のロイは予想以上の反応をした少女に満足そうに微笑む

 「 おや?顔が真っ赤だが、どうしたんだい?トキヨ 」


 「 っ〜〜〜大佐!!!////(怒) 」
 
  
 「 こらこら あんまり大きな声を出すな 迷惑だろう? 」

と、確信犯なロイに遊ばれながらトキヨは司令部への道を
こんな風に愛しい人と賑やかに通う事となるのかと思うと
嬉しいやら悲しいやら分らない、と心の中で嘆く

こちらに来てわずか二日しか経っていないにもかかわらず 
早速 彼のペースにはまってしまったトキヨ


 ( な〜んでこうも子供かなぁ この人は…。 )


 「 ん?そんな顔をしていると美人が台無しだぞ? 」

 「 生憎 美人は美人でも八方美人だからお構いなく! 」

ぷぅ、と頬を膨らませてながら隣を歩く少女に悪戯っぽく笑いかける
だが そんなロイの誘いになどは乗らないとツン!、と構えるトキヨ

その姿はまるで何処かの天才錬金術師を鏡に映した様で
ロイはくく、と咽喉で笑う

それを見逃さず トキヨはじろりとロイを見やる

 「 …あんまりイジメルとリザさんに云い付けるよ? 」

 「 ほぉ それはぞっとしないね では、ここまでにしようか 」

「今日のところは。」と小さく付け足して進行方向に視線を戻すロイ
その仕草が小憎らしくて彼らしくてグウの音も出ない

 


でも


これが<夢>ではないんだと思うと 

例え彼が悪戯をしても

それは<想い出>にかわる



大好きなロイとのかけがえのない




だから…









 ( …ま。いいかな…?/// )













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あとがき

毎度の月夜です
だんだんと小悪魔的な大佐が活躍するようになってきて
ほっとしている私ですが…
だんだん文字で表現していく事が難しくなってきました;
何せ引き出しが小さいもので困り様です(涙)

では。