・**第六章**・

光稀の視線の先にいた、懐かしい人
いや、まだこのゲームに参加してから少ししか経っていないはずであったが、
既に何ヶ月も何年もあって無かったような錯覚にとらわれていた

「月夜…どうしてここに…」

驚いている光稀に月夜はツカツカと寄り、
パァン!と頬をはたいた
さらに驚いてきょとんとする光稀に、怒鳴り声が降り注いだ

「この馬鹿!!!すごく心配したんだぞ!?
 電話の後、すぐにコッチまで来て、あの子に無理言って連れてきて貰ったら
 案の定こんな目にあって……!!この大馬鹿もの〜〜〜〜ッ!!」

ひとしきり言い終え、ぜぃぜぃと、肩で呼吸する月夜
一方の光稀は、キョトーンと月夜の顔を、ただただ見ているだけだった

「気は済んだか、月夜?」

呆れたような声が、月夜の後ろから聞こえ、ちらっと覗いてみる
そこには、銀髪の少年が、眉間に皺を寄せて腕組みをしていた

「日番谷…?」
「まさか、お前がこんな手に引っかかるなんてな…阿散井」

恋次と少年の会話に、光稀はさらに混乱した

「このゲームの最年少参加者で優勝候補、日番谷冬獅郎
 阿散井恋次とは知り合い…だよね?シロ。」
「シロっていうな、月夜…(怒)」

月夜の説明に、さらにポカーンとする光稀

と、クスクス・とラストの楽しげな笑い声が聞こえた

「珍しいこともあるのね…一般人が二人も来るなんて…」
「俺は光稀を迎えに来たんだ。用が済んだら直ぐ帰る」

月夜は、突っ慳貪にそう返した
と、次の瞬間、彼女に向かって、2本の刃が伸びてきた
すぐさま冬獅郎が刀を抜き受け止めた

「フフ…そう言わないで、ゆっくりして行きなさいな…」

2本の長い刃は、瞬間に、鋭く伸びた彼女の爪であった
あまりにも現実離れした出来事に、光稀と月夜は目を見開く

「ソレが、お前のスキルか…?」

冬獅郎の問いかけに、ラストは妖艶な笑みを浮かべる

「滅多に使わないのよ?アレで落ちる人が多いから…」

と、転がる参加者をちらっと見る
爪の刃をパキン!と払いのけ、冬獅郎は、月夜と光稀の元へ走る
その間に、恋次や岩鷲も、臨戦態勢に入った

一方月夜は、冬獅郎が来るのを確認すると、
光稀を腕を掴み、外に向かい引っ張る

「ほら、行くよ光稀!今なら外に出られるから、早く!!」
「え、でも…!」

パッと振り向き、岩鷲と恋次に目を向ける

恋次は、岩鷲に何やら耳打ちをした
岩鷲はゆっくり頷き、光稀達のところへ向かった

「ここは阿散井がなんとかするそうだ!
 俺がお前らを次の階まで守ってやるよ!」
「えぇー」

不服そうな月夜に、まぁまぁ・と苦笑する光稀

「………でも、でも、恋次さん…!」

光稀は再び、恋次を見やる
それに気が付いた恋次は、力強く笑った

「もう、こんな血生臭ぇトコロになんか来んじゃねぇぞ、光稀」
「……!」

強く、強く微笑む恋次に、
ぺこっと一つ礼をすると、岩鷲、そして月夜と一緒に駆けだした

恋次はそれを見送ると、再びラストに目を向けた

「お優しいのねぇ」
「ハッ。さっさとてめぇを倒して、俺が優勝するぜ…!」

鋭く輝く刀を翳し、恋次は、"敵"に向かって突っ込んでいった


                 ・**第七章**・

「恋次さん…」

2階へと走り降りる最中、光稀は、降りたばかりの階段を見上げた

―――この賭博の優勝候補である阿散井恋次
自分が紛れてしまったせいで、彼の足を引っ張ってしまったのではないか…?

そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる

「光稀?」

心配そうに呼ぶ友人の声に、ハッと我に返る

「月夜…」
「大丈夫?……さっさとこんなところから出なくちゃね」

忌々しげに階段を睨み付ける月夜

「でも、」
「ん?」

不意に出てきた言葉に、呟いた本人が驚いたようで
なんでもないよ・と、慌てて話を中断させた

"でも、"

(…なんで、かなぁ)

何を言おうとしたのか、その続きを思い出せずにいた
と、気が付けば2階にたどり着いていた

「おそらく、俺達が一番乗り、だな」
「ああ、血の匂いも一切しない…おおかた、大半が3階で潰れたんだろうな」

冬獅郎の言葉に、再び階段を見上げる

「……恋次さん…」

泣きそうな声になっている光稀に、岩鷲がペチン!と背中を叩いた

「みびゃっ!」
「だーいじょうぶだって!阿散井の強さはわかってるだろォ?」
「いたた……え、へへ…」

「ちょっと!光稀に何すんのさ!!」
「ぐふぉぁ!!あにすんだよ、てめぇコラ!!」

すかさず月夜が岩鷲に蹴りを入れる
と、キレた岩鷲も凄い形相で怒声を上げる
そんな、どこか平和なやりとりを見て、光稀はホッとしたように笑った

「遊んでる場合じゃないだろーが、ここの敵がどんな奴かわからないんだからな」

場を諫めるように、冬獅郎が強い口調で全員に声をかける

『その通り』

若い男の声が聞こえ、全員の顔に緊張が走る
と、2階の部屋のドアが開き、
中から短髪黒髪にサングラスをかけた男が姿を現した

「貴方が、この階の敵…?」
「おお、そうだ」

恐る恐る尋ねた光稀に、男は軽く応える

「まったく、なかなか人が来なくて退屈してたんだよなぁ
 ようやっと来た客だ、歓迎するぜ、嬢ちゃん?」

男は、へらっと笑いながらツカツカと近寄り、光稀の目の前に来ると、
彼女の目線に合わせてかがみ込んだ

「え、あたしは」
「なーに、殺し合いの賭博大会とはいえ、
 俺は女をいたぶるのは趣味じゃねーんだ、安心しな、な?」

ぽむぽむと光稀の頭を撫で、にっこりと笑う男に、キョトンとする光稀

「……って、光稀オンリーかよ!仮にもココにもう一人女がいるってのに!!」
「仮にもは余計だ、この腐乱犬!!死にさらせっ!!」

岩鷲のボケに月夜の毒ツッコミが入る
ソレを見て、ケラケラ笑う男と、唖然とする光稀

と、そのスキをついて、冬獅郎が、男に向かって斬りかかった
男はソレに気が付くと、やれやれ・と云うような目で振り下ろされる刀を見ていた


"パキン…"


僅かに音を立てて、舞い上がる刀身

冬獅郎の、深く蒼い瞳が、流石に動揺を隠しきれずに揺れた
トッ!と折れた刀身が地面に突き刺さり、鈍く光った

「俺は、女に手は出さねぇが、
 ガキだろうがなんだろうが、向かってきた奴には容赦しねぇぜ?」

殺気を込めた瞳で、ニィッと口の端を上げる男
その腕は、先程まで普通の人間と同じ、肌色をしていたはずだったが
今、ソレは鉱物のように冷たい黒に変色し、形も先程とは変わっている

「スキル…?!」

月夜が、信じられない・というような顔で男の腕を凝視する

「お?今まで、他にも変わったスキル持ってた奴いただろ?」

月夜の反応に、先程の調子の良い目に変わった男は、
きょとん・とした顔を彼女に向ける

「…ッ、と、とにかく、其奴から離れるんだ、光稀!」
「え、あ…」

この男もやっぱり危険だ・と認知した月夜は、
今だぼぅっとしている光稀に向かって叫んだ
それに気がついた光稀も、男から離れようと一歩退いた、が

「おっと、そうは行かねぇな」

逃げようとした光稀の腕を掴み、ひょいっと左脇に抱え上げる
あっという間に地面から離され、必死になってばたばたと藻掻くも、
男の力は強く、微動だにしない

「や、だ!離して!!」
「駄ぁ目v …女相手に手は出さないが、利用しないとは云ってねぇだろ?」

パキパキン…と、男の全身がどんどん硬質化していく

「さて、遅くなったが自己紹介だ。俺はグリード、この階の"敵"だ
 人質に傷を付けたくなかったら、どうすればいいかわかるよな…?」
                 ・**第八章**・

「ぐあぁっ!!」
「う、くっ!!」

「シロ!!岩鷲!!」

あれから数十分、光稀を人質に取られ、
冬獅郎と岩鷲は、グリードの攻撃をただただ受け続けていた

月夜は、ただ黙ってそれを見ていることしか出来なかった
なぜなら、彼女も光稀と同じ「一般人」だから…―――

そして、人質になっている光稀は、
なんとか逃げだそうと必死になっているモノの、
硬質化した腕は固く重く、まるで頑丈な鎖のようで、抜け出せずにいた

「はーなーしーてー!!!」

じたじたと暴れる光稀に、グリードはフゥ・と溜息をついた

「それで素直に離したらただの馬鹿だろうよ…
 こっちだって命がけなんだからよぅ」
「そもそも!貴方達はなんなんですか?!"敵"って…!」
「…この賭博用に、訓練された人間のことだ…」
「………… え?」

「おぐぅっ!!」
「え、あ、岩鷲さん!!」

不意に見えたグリードの寂しげな表情に見入っているウチに、
岩鷲が目の前の壁に叩きつけられ、気を失ったのが見えた

「チッ…!」

冬獅郎も、折れた刀の柄で殴りかかるも、ベキン!と音を立てて砕かれ、
岩鷲とは反対の壁に吹っ飛ばされた

「ッ!!」
「シロ!!」

冬獅郎が飛ばされたのを見て、
なんとか助けようと駆け込み、その体を受け止めようとしたが、
月夜よりも小さいとはいえ、既に気を失って力の抜けた体を受け止めきれず、
冬獅郎の体毎、思い切り壁に叩きつけられてしまった

「ぅあッ!!」
「月夜!!」

ごくごく普通の少女が、その衝撃に耐えられるわけもなく、気絶してしまった

「ほい、終了。
 …おっと、あの嬢ちゃんには悪いことしちまったかなぁ…」

気絶した月夜を見て苦笑すると、コキコキと首を慣らし、元の"人間"に戻っていく
あぁ、疲れた・と光稀を膝に抱え直し、その場に座り込んでしまった

「あー、やっぱダルいな、コレ…」
「あ、あの……さっきの…」
「あん?」
「さっきの…、この賭博用にに訓練された・って…」

ああ・と、変わらない調子で説明を始める

「これは、参加者には内緒なんだけどよ…
 …ま、嬢ちゃんには特別に教えてやるよ
 どうやら、参加者じゃなさそうだし、な!」

ニコッと笑うグリードに、光稀は少し目を逸らした

「そうだなぁ…俺は去年、"敵"として訓練所に入れられたなぁ
 それまでは普通に新宿辺りでバー経営しててよ、
 自分もそこそこに遊んでたんだけどな」

光稀は、ウケケッと笑うグリードを凝視した
"敵"と呼ばれ、常人にはあり得ないスキルを持つこの男が、
つい最近まで、それこそ、「一般人」として生きていたことに驚きを隠せなかった

「で、ある日、客としてきた男が訓練所の回し者でな、
 気が付いたら、店は他人のモノ、家も金もなくなって、驚いたぜー…
 返して欲しかったら、訓練を受けてスキルを得、この賭博の参加者を殺すこと。
 もしも、全員殺せたら、全てが帰ってくる
 おまけに、全ての賭け金がこっちに転がり込むって寸法だ」
「そんな…!」
「だから云ったろ?俺達だって、命がけなんだ」

決意を込めた目が光稀を射抜く
光稀は何も言えなくなってしまい、涙をこらえて俯いた

「…まぁ、これは俺の場合だからな
 ラスト辺りもおおかた似たような理由だろうけど…
 中には、自分から志願したりする奴もいたみてぇだし、
 なんとも言えねーんだけどな」

ぽんぽん・と初めて逢ったときのように、光稀の頭を撫でる

「こんな、優しい人なのに…」
「うん?」
「もっと早く会えてたら、きっといい友達になれてた…」
「…そうか」
「あたし、一番上だからね、お兄ちゃんとかが欲しかったの」
「……。」
「もっと早く会えてたら…きっと…」


―――――― 優しい貴方を、兄と、慕っていた


「……ありがとな、光稀……」


柔らかなその微笑みが、次の瞬間、
目に見えるほどの殺気を帯びることになるなど、今の二人は知らない