・**第三章**・

「嘘……」

光稀は、目の前の人物を見て首を振った

―――まさか、そんなはずがない……

その人物も、光稀を見つけたらしく、
彼女に向かってにっこりと微笑んだ

「あ、光稀じゃん」

紛れもない…目の前にいるのは…

「悟…くん…」

そう。
彼女の大切な友人の一人、水無月悟その人だった
血のべったり付いた服を着て、いつもの調子で話しかけている
悟は逆に不思議そうに言った

「あれ、知らなかったんだっけ?
 …ああ、そうか。光稀はここの仕組みもわからなかったんだよね」

そっかそっかーと、一人で納得する悟に、
光稀は駆け寄り、その肩をグッと掴んだ

「なに、なんで?!どうして悟君が…?!」
「簡単な話だよ、私もスキルを持ってて、最近この賭博に参加してるんだ」

ソレを聞いて、光稀は唖然としてしまった

(なんで?あんなに優しい悟君が、どうして…?)

心の中で、繰り返しそう問いかけるも、悟はあの優しい笑顔で微笑んでいる

「光稀?」

恋次の声で、ハッと我に返る
と、同時に、へたり・とその場に座り込んでしまった

「夢だ…たちの悪い夢…そうだよ、そうに決まってる…」
「みつ…」
「こんな馬鹿な話があるわけないッ!!
 早く目を覚まそう…こんな夢、もうお終いにしよう!!
 私は知ってる…!
 悟君は命を粗末に扱わない
 悟君は命を奪ったりしない
 悟君は、悟君は…命を尊ぶ、優しい子だよぉ…ッ!!」
「…光稀」

恋次は、壊れたように叫ぶ光稀の腕を取り、強制的に立たせた

「しっかりしろ!よく見て見ろ…
 アレは、本当にお前の知ってる"悟"なのか?」
「……ッ!」

今だ俯いたままの光稀
ソレを見て更に苛立った恋次は、岩鷲に向かって光稀を放ると、
悟に向かって斬りかかった

「おっと!」

放られた光稀を、岩鷲はなんとか受け止める
と、恋次が悟に斬りかかっていくのを涙で濡れた光稀の瞳が捉えた

「―――ッ!!駄目、駄目ぇぇ!!」

叫んだときには既に、恋次の刀は悟の体を切り裂いていた

「悟君!悟君ッッ!!!」
「わ、光稀!暴れるな!!」

「…よぉ、光稀…コレが、本当に"悟"って奴なのか?」

真っ赤な血を浴びた恋次が、振り向き、切り裂いた上体を持ち上げる
恐る恐る見ると、先程まで"悟"だったその体は、知らない誰かに変わっていた

「なん………え……?」

状況が把握できず、ポカンとする光稀に、恋次は溜息混じりに答えた

「コレが、この階の"敵"だ。」
「て…き…?」
「精神を壊すのが得意だったみたいだが…
 こっちは生憎、壊れるような精神は持ち合わせてねぇんでな」

ハッ!と吐き捨てるように笑い、既にモノと化したソレを、
今だビクビクと動いている下半身目掛けて投げ捨てた

「…っ…」
「……ま、てめぇは一般人だもんな…仕方ねぇか…」

ぐいっと、顔についた血を袖でふき取る
が、服も血で染まっているため、あまり効果はないようだ

ソレを見た光稀は、岩鷲から離れると、
ポケットからタオルハンカチを取り出し、恋次に差し出した

「これ、使って下さい」
「…あ?」

差し出されたハンカチを見て、小さく苦笑すると

「ありがとよ」

と、小声で呟いた
                 ・**第四章**・


「さてと、そんじゃあさっさと次へ行こうぜ、なっ!」

光稀の様子から、さっさと勝ち進んで外に出た方がいいと感じた岩鷲は、
急かすように二人に声をかけた

恋次と光稀の二人も、岩鷲の呼びかけに応え、その場を後にした


「次で3階、半分に到達だぜ!だからもうちょい頑張ってくれよな、光稀」
「はい…ありがとうございます…」
「つーかよ、お前その敬語どうにかならねぇのか?」
「は…?」
「あー、それは俺も思った。面倒くせえからタメ口で話せよ」
「え、でも…年上の方たちですから…」

二人の言葉に、顔を赤くしてオロオロする光稀
ソレを見て、二人はクスッと噴き出した

「え?!あ、あの…」
「律儀だなー、お前!!いーんだって、タメ口でよ!!」
「ていうか、敬語は堅苦しいしよ。適当で良いんだよ、適当で。」

初めてこの二人と、
タワーや戦闘の話以外の会話をしているのに気が付いた光稀は
なんだか可笑しくなってきて、クスクスと笑い始めた

「はい、わかりました…」
「おい、早速違うだろ」
「タメ口タメ口!」
「あ………うん!ありがとう!」

そして同じく、初めて見る少女の明るい笑顔に、
二人の男達も嬉しそうに微笑んだ


そんな和やかな雰囲気も束の間で、
あっという間に3階の踊り場までたどり着いた
先程とは違い、今だあの匂いはしてこない
つまり、まだ"敵"と戦っている人がいない、
もしくは部屋の中で戦闘が行われている・ということになる

「光稀お前は絶対に前へ出るな。戦闘は俺や其奴がなんとかする…いいな?」
「うん…」

恋次が扉に手をかける
扉が開く音に、光稀は小さな体をさらに縮こませた

扉が開ききる

血の匂いはしない…が、なにやら別の匂いがする…
その匂いはとても甘いが、時々むせるような濃い匂いが混じっている
そして、やけに生暖かい室内に、3人は顔を歪ませた

「なんだぁ、この部屋…」

岩鷲が部屋を見回したとき…

「ようこそ、私の部屋へ」

聞こえてきた声に、2人は光稀を庇うように戦闘態勢になった
この部屋のように、甘く、脳の随まで響くような声が部屋に木霊する

「…あぁ、アナタが阿散井恋次ね…噂は聞いてるわぁ…
 優勝候補なんですってね?」

姿は見えず、声だけがまとわりつく

「それと、志波岩鷲…あの志波家の人間でしょう?
 お兄様もお姉さまも、大変優秀な参加者だったと聞いてるわよ…」

その言葉に、光稀は岩鷲を見る
兄や姉が、この賭博の優秀な参加者

――― 成る程、それなら合点がいく

こんなに優しい人が、今までたくさんの人を殺してきたなんて思えなかった
しかし、身内が参加者なら話が分かる気がする

「それと……
 …あら?おかしいわね…どうして一般人がこんなところにいるのかしら?」

自分を指す台詞に、思わず体をビクつかせる
と、恋次が振り返り声をかけた

「大丈夫だ、心配すんな」
「恋次さん…」

その言葉に、ほんの少し安堵感が生まれた
だが、"敵"と思わしき声は、クスクスと笑い始めた

「まあいいわ…この方が面白い…
 それじゃあ貴方達のために特別な趣向を凝らしてあげる…

 さ、思う存分啼いて頂戴ね?」
                 ・**第五章**・


女の声が消えたかと思うと、あたりが濃い霧で包まれた

「光稀!離れるんじゃねぇぞ!!」

岩鷲の声に、二人の服の裾を思わず掴んだ
霧が濃くなると同時に、甘い匂いがどんどん強くなっていく

「くそっ…気持ち悪ぃ…!」

恋次も、その匂いに顔をしかめる

流石に気分が悪くなってきたのか、
掴んだ手が放れ、光稀の体が、ふらぁっとよろめく

――― いや、気分が悪い・とはまた違う…コレは…?

コツン・と、左足が何かにぶつかった
恐る恐る見ると、そこには、参加者であろう男の人が倒れていた

(死んでいる?!)

しかし、男はまだ息をしている
その息は荒く、顔は赤く染まり、唾液を垂れ流している
微かに、枯れた声が耳に届いた

「…も…許して…く…ださ……ぁ…ッ」

男の体が、ビクンビクンと跳ね上がる
と、先程の、甘い匂いに混じっていた、むせるような匂いが鼻をついた

「まさ、か…」

その予測に、後ずさりをする
と、ドン!と誰かにぶつかってしまった
振り向くと、ぶつかった相手は岩鷲だった

「岩鷲さん、一度ここから出よう!この霧、もしかしたら……!」

言い終わらないうちに、岩鷲に後ろから羽交い締めにされてしまった
その身長差で、光稀の体は浮き上がり、足が地に着かない状態になってしまった

「なんで…岩鷲さん?!」

訳が分からず必死で名前を呼ぶも、荒い呼吸が聞こえるだけで、返事がない
と、目の前に人影が現れた
目を凝らしてみると、それは恋次であった

「恋次…さん…」

先程の精神攻撃は効かなかった恋次
きっと、今回だって大丈夫……と、思っていると、
恋次は、光稀の左足を持ち上げ、彼女の内太股
―――動きやすいように、短パンを履いていたため―――に、
つぅ・と舌を這わせた

「あん…ッ!!恋次さん?!」
「…光稀…可愛い、光稀…」

突然のことに驚く光稀
さらに、羽交い締めにしている岩鷲も、ちらっと覗いたうなじに口付ける

「…光稀…」
「あ、やぁッ!!岩鷲さん!!やめ…二人ともやめてぇぇ…!」

涙をぽろぽろと零し、制止を促すも、聞こえていないのか、止まる気配がない
と、先程の"声"が、愉快そうに笑ったのが聞こえた

「人間の五感はわかるわよね?視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚…
 それらは生きていく上で必ず必要となるモノ……
 その全てを支配して同士討ちをさせるのがあたしの闘い方。
 …どんなに鍛錬をしようと、自分の五感や本能には勝てないわよねぇ…
 特に、雄と雌という、本能にはね……」

そう、この霧はまさに媚薬
そして、むせるような匂いは、参加者達の吐かれた本能の欲望

「アナタだってそうでしょう?…どんどん良くなってきてる」
「ん、…や、やぁ…違…ぁ」

言葉でどんなに否定しても、彼女の中の雌が如実に露わになっていく
身動きのとれない状況で、二人の男に嬲られる自分
次第にその快感に溺れそうになっていく……―――

と、その時

ごぉっ!という激しい風に光稀はきつく眼を閉じた

そっと目を開けると、霧が晴れ、部屋の中が見渡せた
転がり、体をビクつかせる参加者…床に散らばる白い液体…
そして……

「あ…」

部屋の中心に、女が一人立っていた
その姿は妖艶で美しく、豊満な胸、そこから織りなされたボディライン、
しなやかな黒髪は烏の濡れ羽のように輝いていた

「アナタが…この部屋の、"敵"?」
「見つかっちゃったわねぇ……私はラストよ、ヨロシク」

一向に焦る気配もなく、余裕の笑みを浮かべる、ラストと名乗った女性
と、先程まで酔ったように光稀を愛撫していた二人も、ハッと我に返った

「俺…何して……のわぁぁっ!!光稀ぃ!!」
「な…ッ!クソッ…やられた…!」

二人して顔を赤くしてパパッと光稀から離れる

「だけど、一体誰が…」

風の起こった方向を見ると、そこには男女の二人組みが立っていた

「光稀っ!!」

その声に、光稀は目を見開いた

「月…夜…?」