・**プロローグ**・


「さあ、始まりました!命がけのタワーゲームへようこそ!」

司会者の声が、開会式会場である館内に響き渡る
ステージでスポットライトを浴びる司会者の眼前には、
たくさんの観戦者やTV局のカメラが、今か今かと始まりの時を待っている

「このゲームは、目の前にあるタワーの各部屋にいる敵を
 選ばれた参加者が倒していくだけ!
 参加者は現在屋上で待機中!敵を倒し、下へ下へと下っていき、
 最も早くここまで降りてきた人が優勝という簡単なルール!」

ルール説明の最中、屋上ではゲームの開始を待つ参加者で溢れかえっていた
その中の一人である天堂寺光稀――今回のゲームの、数少ない女性参加者――は、
どこか不安そうに、いつもより近い位置にある空を見上げていた。
と、そこへ、彼女の携帯電話に着信が入ってきた。
曲は「美女と野獣」。この曲を指定しているのは2人しかいない。

「もしもし、トキ?」
『もしもしじゃないよ!あんたこれに参加してるって本当?!』

怒気の中に、心配の色が混じった声が聞こえてくる
どうやら、テレビ中継を見て気が付いたらしい
光稀は苦笑を漏らしながら返答する

「うん、一応」
『なんでそんな…!危ないから、今からでも戻ってきなよ!!』
「いやぁ、それがもう無理っぽいんだよね。」

「参加者は、全国民から抽選で選ばれた30人!強者から一般市民まで多種多彩!
 さあ、果たして生き残るのは誰なのかーーーー!!」

司会者の声が高らかに響き渡る
それに合わせるように参加者から鬨の声が上がった

うひゃ〜・と片耳を抑えながら通話を続ける

「そうなのさ…全国民の中から選ばれちゃってさぁ…こればっかりはどうもこうも;;」
『ふざけんなッ!ンなモン断れば良かったんじゃないか!』
「出来なかったんだよ…拒否権はありませんって言われちゃって…」
『そんなゲームあるかよ!!とにかく、今から戻って来いよ!!』
「残念ながら…」

光稀はタワー屋上の隅へ行き、フェンスを握りしめ下を見下ろす

「タワーに非常口はない。階段も、ましてや梯子もない。
 タワーを降りるには、勝ち進んで行くしかない…」
『そんな…!』

「さあ!いよいよゲームスタートです!!
 参加者のみなさん、己の命を懸けて、戦ってきて下さい!!では…」

「だからね、トキ」

「3…」

「もしも帰ってこられたら」

「2…」

「また、遊びに行こうね」

「1…」

『…ッ…馬鹿…!!』

「ゲーム、スタートぉぉぉぉっ!!!」



こうして、無情なゲームは始まった
携帯電話の電源を切り、まだ迷いのある瞳をした少女を巻き込んで


                    ・**第一章**・


通話ボタンを切った光稀は、とてとてと、ゆっくり階段を下りていた
他の参加者達は、既に合図と共に走り去ってしまっていた

「タワーゲームねぇ…」

このタワーは、およそ5階建て程度の小さなモノで、
おそらく階毎に、司会者の言う"敵"がいるのだろう
溜息を一つつき、数少ない窓から外を見る

「なんでこんなことになったんだか…」

ついこの間まで、のんびりとパソコンをしていたり、友達とくっちゃべったりしていたのに。

知らせが来たのは一昨日の夜中だった
携帯電話が鳴る。
ソレは、登録外の番号の通知で、おそるおそる通話ボタンを押した

『もしもし?』
『ああ、天堂寺光稀さんですか?』


その"知らせ"に、頭を強く殴られたような気がした

私が 命を懸けて 戦う ゲームに 参加   決定 ?

呆然とし、必死で参加を拒絶したが、最早相手は聞く耳を持たず
一方的に内容を伝えると、通話を切られてしまった
ソレを聞いた親も驚き、そして憤慨していたが、最早どうしようもない
制作者側の八百長。もしくはツクリで有ることを信じるしかなかった


「信じられないよ…まったく…」

未だにブツクサ文句を言いながら、「5階」と書かれた踊り場に到着した

「っていうか、先に誰か倒してくれてたら、あたし戦わなくて済むんじゃ…」

そんな横着を考えていると、中から叫び声が上がった
それはまさに、断末魔の悲鳴・とも言うべきなのだろうか
その恐ろしい声に、光稀は固まってしまった

―――― マサカ、ホントウニ命懸ケナノ?

良く聞くと、悲鳴は一つではない
小さく、何人かのうめき声や悲鳴が聞こえる

「うわ…マジ最悪…」

顔を青くし、目の前の扉を開けるのをためらっていた

すると…

「うぉわー!すっげぇ悲鳴!;;」
「へ?」

突然横から聞こえてきた声に思わず体をビクつかせる
其処にいたのは、大柄な男の人
お世辞にも格好良いとは言い難いが、確実に光稀よりも大きくガッシリしている

「あー、悪い、驚かせちまったなァ。俺ぁ志波岩鷲ってんだ!」
「は、ハァ…あ、私は光稀です。天堂寺光稀。」
「ん、そうか!…つーかよぉ、どうするよ。中入るか?」

岩鷲と名乗った男は、眉間に皺を寄せ扉を睨み付けている
そのこめかみからは、一筋の汗が出ている
光稀も、ん〜…と考えこんでしまった

先程の悲鳴

あんなものを聞いた後で中にはいるのは、正直キツイモノがある
しかし、勝ち進んで帰らなければならない


大切な家族の元に
大事な友達の元に


「あ、開けて、みよう、か」

恐る恐る、震える手で扉に手をかける

「オイ、震えてんぞ」
「あ、あははぁ;;;」
「…ホラ、一緒に開けるぞ」

自分の手に重ねられる岩鷲の大きな手

「………志波さんも震えてる」
「う、うるせぃ!怖いもんは怖いんだよ!!
 つーか、志波さんってのはやめてくんねぇか?岩鷲でいい」
「……(笑)
 はぁ…わかりました、岩鷲さん。それじゃあ、私も光稀でイイです。」

小さく苦笑して、扉の取っ手を廻す
"キィッ"と小さく音を立てて扉が開かれる

と、同時に、むわっとした湿気が二人を包んだ

「うっ…!」

思わず吐き気がした
その湿気は、密閉された空間で舞い上がった血液や体液、死臭が織りなす
まさに惨劇の後、地獄の空気、と言うのだろうか
ソレで満たされていたのである

「光稀、大丈夫か?」

心配そうに背中をさする岩鷲も、その匂いを嗅がないよう、
腕で口元を抑え、苦悶の表情を浮かべている

「……大丈夫なワケ、ないです……」

つい昨日まで、普通の一般ピープルだった光稀にとって、
嗅いだことも、ましてや経験したこともないモノなのだ
だよな・と苦く笑う岩鷲と共に、扉を更に開いていく


ソコはまさに地獄絵図だった


転がる死体、呻きのたうち回る人々
コレですでに30人のウチ何人がこの世から消えたことだろう…

光稀は、あまりの光景に気を失ってしまった



                    ・**第二章**・


「……き……つき…」
「ん、うぅ…」

ぺしぺし・と軽く頬を叩かれ、光稀はゆっくりと目を覚ました
まだぼぅっとする視界には、一安心をした岩鷲の顔が伺えた

「岩鷲…サン…?」

どうして…と起きあがろうとする光稀の横で、誰かが一つ溜息をついた

「本当に一般人かよ…デマかと思ってたんだけどな」
「…誰?」

くらくらする頭で、必死に見上げると
ちょうど蛍光灯の逆光で影になっているが、背の高い男の人が見えた

「岩鷲さん…このひとは…?」
「……こいつが、5階の敵をブッ倒した奴だ…」

その言葉に、見る見るうちに意識が覚醒していく

そうだ、気絶する前に見えた光景。
屍や、蠢く人の山……その奥で、確かにダレかが立っていた

「誰…?誰なんですか…?」
「…俺は恋次だ、阿散井恋次」

男は簡潔にそう答えた

「しっかし、なんでお前みたいな一般人がこんな所にいるんだ?」
「なんでって…抽選で選ばれたから…」
「は?」

キョトンとする恋次。岩鷲までも驚いた顔をしている

「え、何?なんなの?」

訳が分からずオロオロしていると、参ったな・と恋次が頭をガリガリとかいた

「つまり、アレだ…このゲームに参加してる奴に、一般人なんかいねぇってことなんだよ」
「……え」
「と言うのも、全国民から抽選で〜っていうのは、制作側の適当な話で、
 実際には、それなりの技術(スキル)を持った奴が闘い、勝ち抜き、
 その順位を当てるって言う、いわば裏の賭博対象になってるからだ」

恋次の説明に、ただただ呆然とする光稀

「とばく…って…競馬とかと同列ってこと…?」
「ああ」
「命を懸けろって言うのは…?」
「アレは本当だ。奴らの用意した"敵"は本気で殺しに来てるし、
 俺達も生きるために戦ってる」
「ま、まぁ、どっかの映画みてぇに一人だけ生き残れってんじゃなくて、
 勝っていけば必然的に生き残り、帰ることが出来るってワケよ。」

岩鷲の言葉に、少しホッとしたものの、光稀にはまだ理解できなかった

「…なんで、命を賭事に利用されなきゃいけないのよ…
 それに、あたしにはスキルなんてないのに…どうしてよ…」

光稀の、小さく弱々しい声に、岩鷲も恋次も顔を見合わせるだけ

「本来、そんなことはあり得ないんだけどな…
 …仕方ねぇな…一般人が紛れてるなんてバレたら、
 他の連中に何されるかわかんねぇ……俺が同行してやる。お前は殺させない。」

恋次は、座り込んで俯く光稀に合わせてかがみ込み、ぽん・と頭に手を乗せた

「阿散井さん…」
「恋次でいい。…そんじゃ行くぞ、グズグズしてたら上位を逃しちまう」

すっくと立ち上がり、背を向ける恋次
「上位…?」
「阿散井恋次は、この賭博でも有力な優勝候補なんだとよ
 ま、そんな奴が一緒なら問題ねぇって!それに俺もいるしな?!」
「岩鷲さん…」

ドン!と胸を叩く岩鷲に、光稀はホッとしたように微笑んだ

「モタモタすんなよ!
 例え戦闘が強くても、一番に降りなきゃ意味ねーんだからよ」
「あ、ごめんなさい!」

恋次の苛ついたような声に、ぱたぱたと走り寄る光稀と岩鷲
階段を下りていく途中、先程と同じように、ひどい湿気と匂いが3人を迎えた

「光稀、大丈夫か?」
「平気…さっきよりは、なんとかだけど」

岩鷲の気遣いに、手の甲を口元に押しつけてなんとか微笑んで返した

「チッ…もう誰かが片づけたか…」

恋次の舌打ちに、光稀は4階の踊り場に目をやる
すると、扉の向こうから驚くべき人物が現れた