変化に順応する事はそう難しくはない

人はそうやって出来ている…



 < スレチガイ >






東の中心部 イーストシティ

そんな人で賑わう駅の外壁に男二人が寄りかかり話している 

だが その光景はあまり楽しそうには見えなかった


その理由といえば…


 「 そんなおっかない顔しないで下さいよ 大佐ぁ;; 」

 「 …私は何もお前に腹を立てているわけではない 」


先程 列車に乗ってイーストに戻ってきたハボ ック少尉が連れている筈の
少女が聞いていた通り一緒でなかった事が原因であろう事は歴然。

少女の保護者となっているロイ・マスタングがはなっている不服オーラが
部下であるハボ ックに突き刺さる
だが旅先での責任者であるハボ ックとしては文句など云える筈もなく
ひたすらにそれに愛想で耐えるしかなかった


 「 …ひとまずお前は今日まで休暇だ このまま帰っていい 」

 「 はい; 」

ようやく睨むのをやめて帰宅の許可を出した上官にホッと胸を撫で下ろし
寄りかかっていた壁から背を離すハボ ックだったが…


 「 ハボ ック 」


と、名前を呼ばれ 振り返れば…



 「 明日からはまたビシビシ働いてもらうからな 」


お冠な少女の家主は不敵な笑みを浮かべ 静かにそう告げた

そんな彼に返す言葉といえばハボ ックは一つしか持って居なかった



 「 …アイ・サー…; 」





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カリカリカリカリ…


 「 … 」


あれから司令部に戻ったロイはオフィスで黙々とペンを走らせていた

その横には彼の右腕・ホークアイの姿
背の高い本 棚に様々な資料が詰まっており それを綺麗に整頓 している

一通りそれを終えると机に向かっている上官へと歩み寄った

 「 大佐 」

 「 ん?どうした 」

 「 少し休憩されては如何ですか? 」

 「 ああ… 何だ、もうこんな時間か 」

なんとなしに返事を返したのだろう
時計を見返してみれば随分と時間が経っていた

その反応にリザは短く息をつく

 「 …熱心に仕事をこなして頂くのは宜しいですが
   適度に休憩は取って下さい 」

 「 ああ 」

リザの指摘にロイはペンを置き トントン、と処理し終えた書類を整えて
寄りかかった黒革張りの椅子を回し 窓の外を眺め始めた   

整えられた書類を手に取り 軽く確認をするリザ

 「 何かお持ちしましょうか? 」

 「 ああ、頼む 」

その受け答えに小さく頷くと入り口へと踵を返す


ドアノブに手をかけようとリザがその手を伸ばしたが
不意にそれを止め 何を思ったか振り返った


 「 大佐 」

 「 何だ 」

 「 あの子ならきっとすぐに帰ってきますよ 」

 「 … 」

椅子の背で見えない上官はその言葉には沈黙で返した
それに構わず リザは言葉を続ける

 「 あの子が帰ってくるまでに早めに処理をされておく心掛けは大変結構です
   …が、疲れた顔をお見せになる様な事は避けて頂きたいですね 」

 「 何の事だ? 」

 「 …失礼します 」

つっけんどんな返答に優秀な副官はそれ以上は何も云わず
静かに退室した


 ( …やらなければ急かしてやっていれば休め、か… )

シン、とした部屋で男は一人 溜息をついた


 「 … 」

そして暫くすると何を思ったか 
椅子から立ち上がり 部屋を後にした 




その向かった先はある一室





ガチャリ、とその扉を開けると…



 『 大佐!もうノックくらいしなさいよ! 』



備え付けのソファーに座り 本 を読んでいる
今 此処にあるはずのない少女の姿がありありと見えた


 「 …一日に一回は何かしら文句を云うな 君は… 」




初めて逢った日からずっと聞こえていた声


それが今はない




 「 それがどうした… 」







朝 眼が覚めて司令部に行くまで言葉はいつも独り言


夜 誰が待つでもない家に帰って紡がれる言葉も然り…



今の様に自分よりも遅れて聞こえる足音も何気なく交わす会話も
ありえはしなかった





 「 君は本 当に調子を狂わせる 」





当たり前な事が今となっては寂れた過去へと流されていく





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夜の明かりがまぶしいセントラル


その駅に止まっている南部行きの夜行列車に乗り込んだのは
大総統を含む軍人三名と一人の少女

少女はその造りが珍しいらしく キョロキョロと辺りを見ている


 ( へー…中ってこんな風なんだぁ… )

 「 夜行列車は初めてかね? 」

 「 あ、はい 」

 「 そうか それなら良い経験になるだろう
   目 的地までは長いから退屈かもしれんがね 」 

少女の様子に大総統は柔らかく笑みを浮かべながら親しげに話かける

 「 あはは まぁ何とかなりますよ 」

 「 そうかね?退屈だったら顔でも見せたまえ 話し相手にはなれる 」

 「 いえ、そんな退屈凌ぎになんて… 」

 「 私が聞いてみたいのだ 君がどんな人物か見定めも兼ねてね 」

 「 国家錬金術師試験の面接 なんて云いませんよね? 」

 「 ん?まぁそれも少なからずあるがね 」

 「 ? 」


その含みのある云い方に首を傾げると不意に大総統は今までの笑みを消し…


 「 君が…どういう経緯でその力を身につけたのかも興味がある 」


言葉と共に向けられた冷たい蒼の瞳が少女を射る


殺気にも似たその眼光にトキヨは刹那 背筋が凍った




 「 …興味ですか。 」


少女はどう返答したものかとヒヤリとした汗を滲ませながら
愛想よく笑みを向ける

すると 何かを見定める様に大総統の眼が一段と鋭くなった


その時―――





 「 はっはっは!冗談だ、そう身構えずとも良い 」



と、大きく口を開けて豪快に笑い飛ばした。



 ( ……この人のキャラって解んない…; )


 「 では 私は先に失礼する 」

 「「 は! 」」


いつの間にか着いてしまったコンパートメントの前で
護衛を勤める二人は彼の言葉に敬礼で応える


 「 君は気兼ねせずにゆっくり休みなさい 」

 「 は、はい… 」





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 「 失礼とは思うがトキヨ殿 ミツキ殿は本 当に南部に居られるのか? 」
 
 「 おそらくね 下手な事がなければかなりの確率で居るはずだよ 」

大総統がコンパートメントに引っ込んだ後
少佐はトキヨを連れ 寝台へと向かっていた
 
その際 先程の大総統とのやり取りで浮かない様子だった少女に
彼は何気ない話で気を紛らわそうと試みた
 
 「 そこまで解っていて今まで逢っていなかったのは何故… 」

 「 うん、色々ね。事情があって… 」

だが 振った話が拙かったらしく少女は言葉を濁して応えた


 「 …いや、無用な詮索でしたな 」

 「 ううん 今回の事、口添えして下さって有難う御座います 」

 「 なんの。トキヨ殿のお役に立てて我輩としても嬉しき事 」

そうして何も聞かずにいてくれる彼
トキヨは本 当に有り難いと思っている

だからこそ…

 「 ……少佐… 」

 「 む? 」

 「 きっと…迷惑をかけると思います…でも、それは全部
   俺が個人の意思でやる事だからロイも少佐も無関係 」

 「 トキヨ殿…? 」

話の意図が見えず 少佐は少し困惑していまっている
だが 少女は言葉をやめなかった


 「 約束して下さい どんな事があっても何も云わないって 」


今の言葉で此処に来た目 的は唯 友人に逢う為だけではないと彼は知った

何故 少女が必死になるのかは不明でもそれは危険を伴うものなのだと…


ましてや命に関わる事なら人として軍人として止めなければならないと
説得しようとした刹那



 「 お願いします アームストロング少佐 」



そうして見上げてくる両の眼に思わず 口を噤む 


マスタングとの約束を破ってまで此処まで来た真っ直ぐな思いに彼は…


 「 …解った 約束しよう 」


 「 男に二言はありませんよ? 」


不本 意ながらも承諾してくれた彼にトキヨは申し訳ない気持ちも感謝の気持ちも
全部を含めてありったけの笑顔を向けた…