兄弟はいる

"父"と呼ぶべき人もいる


だけど…



*---My Little...---*



明け方のセントラルシティ


既に運行が始まっている列車の音

動きだした列車。

その中で、南方へと向かう列車の一つに
ダブリスへと帰るべく座席に座っている二人が居た

一人は、先日のアームストロング邸での話をしながら
上機嫌で足をぶらつかせるミツキ

それを見ながら、もう一人の乗客、
グリードは、サングラス越しに窓の外を眺めていた


「んでね、アームストロング少佐の家ったらマジ凄くて!」


きゃっきゃっと、楽しそうに話すミツキを横目に、
グリードは流れる景色をぼぅっと見ていた


「……って、ねぇ、グリ!グーリーにーぃーッ!」

「……あん?」


ミツキの、呆れたような声にフと顔を上げる


「なぁにボケーっとしちゃってるのさ!話聞いてるの?」


"不満です"とハッキリ書かれた顔のミツキに
「悪い悪い」と、軽く謝罪をする


「まったくもう!ボケた〜?200年生きてて初ボケですか〜?」


また、感じた


「……や、……なぁ、ミツキ」


「ん?」と小首を傾げるミツキ


「お前は、…」






遡れば、初めて此奴を目にした時から感じていた


 違 和 感 


"何かが、この世界のモノと違う"



そして、ミツキが人造人間や合成獣人間の存在を
容易に受け入れたコトが、この疑問をより膨らませた


人間という生き物は、自分と違う存在を認めたがらない傾向にある


この世界に生き続けて200余年
気が遠くなるほどの時間
己の"欲望"を満たすためだけに歩み続けた年月

その中で、何度もすれ違っていく人間達を見てきた


だからこそ、わかる



「お前は、誰だ?」

「……?」

「お前は、一体何者だ?」


全てを見ていたような光

この世界に近いようで遠い存在

まるで、あの日見た満月のように…


「…どうしてそんなコト聞くの?」


変わらない微笑み


「今までは黙って見てきたクセに」



ハッとミツキの顔を凝視する


「ミツキ…?」

「軽く流してきたつもりだったんだろうけどさー、バ・レ・バ・レ☆」


にひっと笑いながら指を指すミツキ


「本当は、一番にわかってたんでしょ?でも、知るのが怖かった?」

「………お手上げだなっ」


苦笑しながらグリードは小さくホールドアップする
それを見てミツキは、指していた指を銃の形に変え「BANG☆」と撃つ真似をした


「お前を酒場に置いたのも、仕事を与えたのも、興味本位!
 なんとなく、お前は俺達とは"違う"ように見えたからな。
 …今回の中央での調べ物も、不老不死の方法と、お前の情報を探るため」

「だろうねー。で?帰りを言い出したのは、納得いく答えが出たから?」

「全っ然!逆なんだなーこれが。
 お前が錬金術を使ったって知った途端、益々わかんなくなってなぁ」


笑いながら首を振るグリードに、ミツキはクスッと笑みをこぼす


「それで、あたしの面白ーい話も聞かないでぇ、考え込んじゃったの?」

「わーるかったって、な?

 それで…答えは聞かせてくれるんだろうな?」


ハハ・と笑っていたグリードだったが、
途端に声のトーンを落とし、真剣な目でミツキを射抜く

ミツキは一瞬顔を歪めたが、すぐに笑みを湛え、ハッキリと答えた


「あの日の夜、あたしが見た夢、教えようか?」

「…は?」


予想もしなかった言葉に、グリードは目を僅かに開く


「 "世界の真実" 」

「…?」

「此処に来る前に、"真理の扉"…其処を通ってやってきた、
 いわば"最も遠い隣人で、最も近い傍観者"」

「…!!」


"扉"という言葉を聞き、思わず身を乗り出し、
ミツキの肩を掴んで座席の背へと押しつける


「…ッ!」


痛みに顔を歪めるも、グリードの強い目を真っ直ぐに見据える
フッと息をついてから静かに、しかし力強く答える


「つまり私は、この世界に存在し得ない存在」


その言葉に、グリードの目は僅かに動揺を示した


「……仮に、仮にそうだとしてだ、どうしてお前は錬金術を使える?」

「それは……」


言いかけてミツキは、あの、いつもの子供のような笑顔になる
グリードが訳が分からずにいると、


「グリ兄ぃ、切符出さないと」

「…あ」


後方から、車掌と思わしき中年の男がやってくる

グリードは、仕方ない・と言った顔で、
ミツキの肩から手を離し、どかっと座り直す
切符を取り出し、車掌と小さなやりとりをした後、
すぐに先程の話へと戻す


「で?どうして錬金術を使えるんだ?」

「んぁー…グリは見てなかったんだよね…あたしの錬金術」


くすっと微笑むと、鞄から、カラになったガラス瓶を取り出す
それを膝の上に置き、両の掌を合わせる
じっと見つめるグリードに微笑み掛けると、合わせた両手を瓶へと宛う

すると


バチッパチッ!


お決まりの錬成反応
そして、ガラス瓶は瞬く間に形を変え、
愛らしい小鳥の像になった


「これが、あたしの錬金術…陣を描かずに出来るの」

「…どういう…」

「コレの錬成方法は、かの有名な鋼の錬金術師と同じ錬成方法
 …"扉"で"真理"を見た者にしか出来ない錬成方法」

「鋼の錬金術師…?」


聞かない名前に、顔をしかめる


「……きっと、近いウチに出逢うと思うよ」


グリードの反応に、クスクスと笑いながら、小さく、小さく答える


「まっ!とにかく、あたしが説明できるのはこんなところ?
 どうしてこの世界に来てしまったのか、どうすれば帰れるのか、
 それは全くわかんないし、どうすることもできないし…」

「……。」

「…ね、グリ……あたしのこと、信じる?」

「…みつ…」

「あたしのこと、信じてくれる?」


今までとは違い、微かだが不安に揺れる瞳

…いや、きっと、「誰だ」と聞いた時からだったかもしれない


外の景色はいつもと変わらず、風の匂いも同じまま
車輪が線路を滑る音、揺れる車両、行くべき所へ行く人間達

そのギャップがどこか自分の位置を冷静に教えてくれて居るみたいだった


「信じるもなにもなぁ……今、俺の目の前にいるワケだし」

「グリ…」

「それに「あり得ないなんて言うことはあり得ない」」


綺麗にハモッた言葉に、きょとんとするグリード
にししっ!と、してやったり的に笑うミツキ


「それがグリの信条、でしょ!」

「ハァー…ったく…」


まるで悪戯が成功した子供のように、あどけなく笑うミツキに
どうしようもなく愛おしい気持ちが溢れる


仲間じゃない 恋愛じゃない そんな軽々しいものじゃない


それよりも、もっと愛おしくて、もっと身近な位置に有るべき存在




「…なー、ミツキ」

「なぁに?」

「ちょっともう一回"グリお兄ちゃん"って呼んでみ?」


突然の発言に、ミツキはきょとんとする


「なんで?」

「いーからいーから!」


疑問符を浮かべながら、ぽつ・と呟く


「グリ、お兄ちゃん」


改めて、面と向かって言う恥ずかしさに、
僅かに頬を赤に染める


「んー…じゃあ"グリ兄ぃ"」

「グリ兄ぃ」

「……そっちだ!」

「ハァ?」


わけがわからず、眉間に皺を寄せるミツキ
しかし、グリードは、満足そうに微笑んでいる


「これから、そっちで呼んでくれや」

「グリ兄ぃって?でも、もう兄妹のフリなんて…」

「いいから、な!」

「…はあ…」



…もっと深い繋がりで、もっと簡単な関係



「ミーツキ、ちょっとこっち来い」

「何よぉ〜」



兄弟はいる 父と呼ぶべき人もいる


だけど…  だけど…


「よいしょっ!」


ひょいっと腰を引き寄せると、膝の上に座らせる


「ひゃぁっ!!ちょ、ちょっとグリ…!」

「グリ兄ぃ、だろ?さっき言ったばっかり」

「あ、そっか…じゃなくって!!」


じたばたと暴れるミツキの頭に顎を乗せ、
逃げないようにしっかりと引き寄せる


「…ミぃツキ」

「何さーー!」

「お前は、初めから俺達と同じだったんだなぁ」

「はぃ?」



存在し得ない存在


合成獣人間も、人造人間も、存在し得ない存在

同じ、存在



「帰ったら、美味いモンでも食いに行こうか」

「え、ほんと?!」

「他の奴らにゃ、内緒な」

「うん!内緒、内緒!

 ありがと、グリ兄ぃ!!」





愛おしい存在、

それはまるで、"妹"のようで

ずっとずっと、傍にいてやりたいと思った




あの日に見た、消えそうな満月になんかさせはしない、と