何が“正しい”かなんて解らない
でも…
< 見えぬ先は… >
「 久々の顔合わせに血みどろで来るたー随分だな ヒューズ 」
「 色々あってな 悪ぃ… 」
あの後 ヒューズに連れられ向かったのはノックスという
軍で鑑定医をしている男の元
その風体は眉間しわを寄せた柄の悪そうな眼つきに繋がった顎 鬚と
少々の無精ひげ 加えて口角の下がった大きめな口には楊枝が遊んでいる
といったあまり取っ付きの良さそうな男ではないが
ロイ達と共にイシュヴァール殲滅戦を経験している数少ない人物だ
「 おまけにマスタングのとこの若造と嬢ちゃんだって?
あまりいい気がしねー 」
文句を云いつつ怪我をした彼を手当てしてくれているノックスだが
彼の連れてきたおまけが些か気に入らないらしく
ジロリ、と壁際に居るハボ ックとトキヨを見やった
トキヨはまだ辛いのか ハボ ックに寄りかかる様にしている
「 おいノックス…気にすんな、コイツは口が悪いんだ 」
ギスギスした空気にヒューズが合いの手を入れると
ノックスは口に咥えている楊枝を上下させ「ふん」と鼻であしらう
「 ほらよ。とりあえず手当ては済んだ…後の事はお前等でやれ 」
「 はい… 」
「 おい、トキヨ… 」
ふらり、とあまりしっかりしない足取りでノックスに代わり
ヒューズの傍にいくトキヨにハボ ックが支えようと手を伸ばすが
「大丈夫」と小さく微笑んで彼の傍へと腰掛けた
心配そうな表情のヒューズにも同じ様に微笑み
腰掛けた椅子にかけてあった彼の軍服の上着を傷に障らない様そっと羽織らせた
その様子にヒューズは安心したが…
「 … 」
「 …大丈夫か?ハボ ック少尉 」
「 …正直、頭の整理が間に合わないっす… 」
ハボ ックは未だに混乱している様で―――…
「 ごめんなさい 」
「 トキヨ… 」
「 ゴメンなさい… 」
何に対しての謝罪なのか
少女はただ俯いて膝に置いた手を握り締めている
「 …なんて顔してんだよ お前さんは俺の命の恩人だろうが。
トキヨが謝る事なんてなんもねーよ 」
そんなトキヨをヒューズはその大きな掌で頭を優しく撫でた
それに対し 少女が黙って頷くと
柔和な表情から一変
軍人の表情となり ハボ ックにもち掛ける
「 さて。これからどうするか考えるか 」
「 あ、はい 」
そうして彼等が話をし始める一方
少女はその傍らで静かに自問自答する
( 未来が変わった…でも、それで逆に解らなくなった…
何を…この先どうするべきなのか… )
起こるであろう悲劇は回避され 希望の光が見えたはずだった
だが それを=(イコール)幸せな未来にする事は容易い事ではない
「 とりあえず大佐達に連絡した方がいいんじゃないですか? 」
「 いや、それは… 」
「 …ヒューズさん 」
話し始めてから少しして黙していた少女が徐に口を開いた
「 ん?どうした? 」
「 提案があるんですけど… 」
*************************************
「 どうだった? 」
ヒューズが問いかけた先には電話をかける為に
外出していたハボ ックの姿があった
「 何とかなりそうっす その方面は専門外だと云ってましたが 」
「 そうか 」
あれからトキヨの提案によってヒューズの身の振り方は
国外脱出というカタチを取る事に決定した
だが 正規のルートで出る訳には当然いかない
裏の情報に詳 しい人間などその下準備の為に信頼の置ける人物に
連絡を取りにいっていたのだ
「 …本 当にいいんすか? 」
「 ああ… 」
「何が?」と聞き返えさずとも彼の言葉の意味はすぐに解った
「 もしもの時の事はグレイシアにも云ってある
しっかりやってくれるさ 」
国を離れるという事は完全な別離
最も家族を大事にする彼にとっては辛いもののはずだ
だが ハボ ックの心配はそれだけではない
「 …中佐、やっぱ…! 」
「 ロイには黙ってろよ 」
彼の親友であるロイ・マスタングの存在
気難しいあの男が『親友』と呼ぶ彼は自分が思う以上に
必要でかけがえのない存在はずだからだ
「 …、… 」
「 ハボ ック少尉 」
しかし 親友だからこそ彼の負担になるような事は
この人は望まない
「 ……はい… 」
どうにかヒューズの意思を汲み 首を縦に振った彼に
ヒューズは感謝の意を込め その肩をポンと叩いた
「 … 」
ハボ ックが外に出ている間にトキヨは一人 膝を抱えながら
月明かりがぼ んやり照らす階段と二階の廊下の境に居た
「 トキヨ 」
階下からかけられた声に顔を上げると
ヒューズがいつもの様に薄い笑みを浮かべながら上がってくる
「 連絡つきましたか? 」
「 ああ、アームストロング少佐が引き受けてくれた…
しっかし国外に逃げるなんて派手な事よく思いついたなぁ! 」
そうして人懐っこく微笑むヒューズ
だが
「 何で反対しないの 」
少女はそれに笑顔で返す事はなく
両の目 を静かにヒューズと合わせた
「 疑わないの?俺の事…奴等の仲間とか 」
ただ彼の正直な返答が聞きたかったから…
ヒューズは真っ直ぐに向けられる少女のそれから
背ける事無く真剣な眼差しで言葉を捜 し 紡いだ
「 …正直云ってお前さんが何者なのか気になる所だがな 」
「 … 」
「 ひとつ教えてくれ あいつ等は何を目 的に動いてる? 」
「 …まだよくは知らないけど、皆にとってはよくない事は確か…
それに気づいたからヒューズさんは命を狙われたんでしょう? 」
そう あの時もし間に合っていなかったら…
あの悲劇が断片的にトキヨの脳裏を過ぎり 思わず表情が曇る
…が。
「 …お前もしかしてエスパーとか千里眼とか? 」
半分真面目 なのか、よく解らない彼の言動と行動に
ガクン、と滑るトキヨ
( …見事にギャグに持っていくね、この人…;; )
あんまりにも緊張感に欠ける返答にトキヨは一瞬にして
今までの緊張やらが全て抜けて飛んだ気がした
それはそれである意味良かったが。
「 あー…;とりあえずそんなんじゃないんだけど
…ちょっとだけ未来を知ってる人間、かな…?
ゴメンなさい、俺も実は混乱してて…上手く説明できないや 」
「 いいさ お前さんが嘘を云ってる様には思えないしな 」
「それに、だ」と言葉を続けながらヒューズが手を差し出してきた
「 俺はトキヨを信じるよ 」
「 どうして? 」
トキヨはその手を取りながら不思議そうに聞き返すと――
「 アイツが護ろうとしてるもんは俺も護るって決めてるからな 」
ヒューズの紡いだ言葉に少女は思わず眼を見開いた
そこに…
「 おら、暢気に話してねーで怪我人は大人しく寝てやがれ 」
階下からこの家の主の叱咤にヒューズは「わーったよ。」と返すと
トキヨに向き直り 柔和に微笑んだ
「 トキヨも少し休んだ方がいい 」
「 うん… 」
*************************************
夜が明け 昨夜の事が嘘の様に太陽が燦々と白く輝き 朝を告げる
「 ……で?コイツはいいとしてお前等はどうするんだ? 」
そんな中 事件の当事者であるトキヨたちはノックス家のリビングで
これからの事を話し合っていた
「 とりあえず一度ホテルに戻ります 俺の休暇が切れるんで
今日中にはイーストに帰んなきゃならないんで 」
「 そういう訳だから…その、ノックスさん… 」
「 どうせコイツの事だろ?…腐れ縁だ、最後まで面倒見てやる 」
「 アリガトウ御座います 」
「 じゃあこれで当分の間はお別れだな 」
話がついたところでヒューズはトキヨに握手を求めた
だが 求められたトキヨはその手を淋しそうに見つめるばかりで
受け応えようとはしない
そんな少女に彼はにっ、と微笑ってみせ クシャリ、と少女の頭を撫でる
「 だーから、そんな顔すんなって…また必ず戻ってくるさ 」
「 うん… 」
俯きながら小さく応えた少女に優しく眼を細めるとハボ ックへと向き直る
「 …後は頼んだぜ 」
「 はい 」
ヒューズの意思を任されたハボ ックは敬意を込め 敬礼を送った
ヒューズを残し 駅へと向かうハボ ックとトキヨ
だが 色んな話に花を咲かせられるほど
この日の太陽の様に清々しくはなかった
「 聞かないね 俺の事。 」
先に沈黙を破ったのはトキヨだった
歩みを止める事無く 前を向いたまま何でもない様に
そう云い放つ少女にハボ ックは暫し難しい表情をしてから
「 …聞いたって俺の理解できる範囲じゃないだろうし
聞いて欲しくない事だってあるだろ?だから聞かない 」
彼らしい返答にトキヨはふ、と表情を和らげた
「 アリガト… 」
「 だがな、イーストに戻ったら覚悟しとけよ? 」
「 …肝に銘じておくよ 」
と、漸く微笑みを見せた
だが そんな少女にほっとしていると…
「 ん? 」
「 おおー!ハボ ック少尉にトキヨ殿、良い朝ですなぁ!
今日がイーストに戻られる日と聞いてお迎えに上がりましたぞぉ! 」
「「 …;; 」」
朝からピンクのきらきらを纏い 太陽に負けないほどの煌いた笑顔で
こちらに手を振っている少佐が目 に入った。
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迎えの車に揺られ 駅に着いた二人はチケットを手に列車へと乗り込んだ
「 …少佐、あの… 」
周りを軽く見回したトキヨは窓越しにいる少佐に小声で“彼”の事を問うた
すると
「 案ずるな 信頼の置ける者が手筈を整えている 」
トキヨは「はい」と応えるとその言葉に少女は座席へと背を持たれた
複雑な表情の少女にかける言葉が見つからず
少佐は手にした懐中時計を開き 時間を確認する
「 …では、くれぐれも気をつけて 」
「 はい、すみませんした 」
「 いや、マスタング大佐に宜しくお伝えくだされ 」
と、その場を後にしようとする少佐だったが
「 …ねぇ俺残っちゃ駄目 ですか? 」
「 トキヨ殿? 」
「 やっぱりヒューズさんの看病したい 」
そんな突然のことに少佐が困っているとハボ ックが物申してきた
「 んな事云っても俺の休暇は今日までだぞ? 」
「 だからそこを何とか…少佐さんに引き継いで貰うとか 」
「 我輩としてもトキヨ殿のお心を汲み取りたいのだが生憎
今晩から南部に行かなければならないので… 」
「 南部? 」
「 うむ。大総統閣下が南方を視察されるので我輩が護衛を―― 」
と、些か申し訳なさそうにトキヨに説明していくと――
「 ゴメン少尉!俺やっぱ残る! 」
何を思ったのか いきなり立ち上がって爆弾発言と共に
荷物をもって列車の入り口へと走った
「 大佐に伝えて?探してた奴が南方に居るから逢ってから帰るって 」
「 ざけんな!俺が絞られるんだよ!!;; 」
呆気に取られていたハボ ックが急いで降りようとする少女の腕を
入り口の手前で掴んだ
捕まえられた少女は抵抗しようとはせず 行かせまいとしている
彼の眼をすっと見据える
「 それは重々承知してる…でも頼むよ、大事な事なんだ 」
どうしても…
そんな真剣な眼差しがハボ ックを射た
「 ……少佐頼めますか? 」
まだ納得のいかない様子だが なんとか了承してくれるらしい
尋ねられた少佐はどうしたものかと試行錯誤していると
プルルルルルルルルルル!
「 あ 」
発車を知らせる音が駅構内に高々と鳴り響いた
「 ……解った努力はしてみよう 」
その言葉にハボ ックは溜息を零しながら掴んでい腕を離した
許しを得られたトキヨはトン、と列車から飛び降り
段差のあるホームへと着地するとハボ ックへと笑顔で振り返った
「 じゃ大佐に宜しく☆ 」
ヒラヒラと手を振る少女にムッ、としたハボ ックを乗せて
列車はゆっくりとレールの上を滑っていく
「 …また危ない事じゃないだろうな? 」
「 、… 」
戒める様に放たれたソレにまだ加速しきっていない列車を追っていた少女は
突然その足を止めた
そうして視界から消えた少女に驚いたハボ ックが手摺につかまって
外へと身を乗り出すと…
「 … 」
そこには先程まで向けていた笑みを消し 柔らかに儚げに微笑む少女が
次第に遠ざかっていくのが見えた…