「 言ノ葉 」 不思議だね・・・ こんなに近くにあるのに それはいつしか <憧れ>に変わる−−−・・・ 「ありがとう いつも迎えに来てくれて」 「いや 夜は物騒だから・・・」 少し照れた感じの仕草で笑いながら家路へと急ぐイルカとトキヨ トキヨが一楽で働き始めてから一週間が経つだろうか 彼女が「働きたい」と云い出したのは つい最近 ただでさえ教員として忙しいイルカの元に居候・・・ しかも無一文というのはあまりに情けない、と云った事が発端だった イルカ自身は「構わない」と言ったものの 彼女の気迫に押され 今に至る 「もう仕事には慣れたか?」 「うん!テウチさんはちょっと怖いけど アヤメさん優しいから」 「大好きっ!」と満面の笑みでイルカに話すトキヨは とても楽しそうである ・・・「大好き」という言葉に反応し 心臓を跳ねさせている イルカのことなど露とも知らず・・・。 「でもホント良かった イルカさんのところに来て あのままだったら どーなってたか・・・」 以前の家主であるカカシのことを思い出し 苦々しく顔をしかめるトキヨ その隣で あはは、とイルカは笑いながら「まあまあ」と弁護した 「それにしても早いもんだなあ 君が来てから 結構 経つんだな・・・」 すう、と軽く空を仰ぎ イルカが独り言の様に云った 「きっと親御さんも心配して−−−」 「それはない。」 イルカの言葉を遮る様に放ったトキヨの否定 「そんな事は」と云おうとするイルカの横をスッと走り抜けた 少し距離を置いて立ち止まると・・・ 「ないったらないのっ!」 と目線を合わせず言い放つその声は普段のものより どこか冷たさを感じる・・・ 「・・・」 異様な雰囲気に黙するイルカ 流れる沈黙の時が重く感じられる 暫くすると「ふう」と溜息をついてトキヨが一言 「ごめん」とポツリと言った 「イルカさんに当たっても なんもなんねーもんな!」 振り向き様に明るい口調でそう言い放つと ニッ、とイルカに笑って見せた らしくもない笑みにイルカは少し戸惑いながらも トキヨに歩み寄り ゆっくり手を伸ばすと 夜気で冷えた漆黒の髪を優しく撫でた それに応える様にトキヨは淋しげに微笑んだ・・・ 二人はまた 並んで歩き始めた その際 トキヨはポツリ、ポツリと自分の事を話していった 自分の両親の事を−−−・・・ 彼女の父と母は折り合いが悪く 自分達の生まれる前は 喧嘩が絶えなかったという・・・ 現在においては言い争うことはないが 一年程前 母が遂に別居を決意し 自分と姉も母と一緒に行く事にしたと・・・ イルカは複雑な心境でトキヨの話に耳を傾けていた 「別に親父の事は俺も嫌ってたし 淋しいとかいうつもりはない ・・・・・・でもね・・・」 「でも?」 「『ただいま』って云いたい・・・」 暫しの間を持って返ってきたのは <家族>にはありふれた言葉・・・ 「『行ってきます』も『ただいま』も、まともに云ってなんだ・・・」 「だから・・・」と俯きながらそう云うトキヨにイルカは改めて思った 何故この子がこれ程に強がるのか それは<淋しさの裏返し>・・・ その後 ほとんど会話をしないまま家へと着いた ドアの鍵を開け いつもならトキヨを先に入れるのだが 今日はそれがない・・・ きっと 先程の話で呆れられたのだ、と内心 そう思いながら 遅れて家に入る そしてドアを閉めた すると−−−−− 「お帰り」 一瞬 自分の耳を疑い ゆっくりと振り向くと 手を差し伸べ 微笑んでくれているイルカ その人がいた・・・ トキヨは軽く俯きながら その手を取るもすぐに離し イルカの背に両の手を回した 「ト、トキヨっ?!」 耳まで紅くして慌てふためくイルカだったが 体を通して聞こえたくぐもった声を聞き 安心するのであった それはとても小さく 涙に震えていたが 彼にはちゃんと届いた・・・ 『ただいま・・・』 END |