待っているんだ

空になった鳥籠に

ソレが戻るのを…




< 軍人物語 >






朝 東方司令部の司令官であるロイ・マスタングは
いつも通り蒼い軍服と黒いコートを身に纏い 出勤してきた 


 「 お早う御座います大佐 」

 「 ああ 」

部下達がつめている作戦室へと足を向ける途中
副官であるリザ・ホークアイと鉢合わせた

 「 ちゃんとお休みになられましたか? 」

 「 私なりにとったつもりだ 」

 「 コーヒーをお持ちしましょうか? 」

曖昧なその答えに半ば呆れつつ いつもの様に飲み物を提示するが…


 「 …いや、いい 」

ロイは珍しくそれを断った


 「 今日は市街に視察があったな 」

 「 はい 午後からの予定です 」





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作戦室での用を終えると執務室へと腰を落ち着け いつもの如く雑務をこなす

彼はこれを普段なら「面倒だ」とかいい 締め切りギリギリにならないと
やる気を見せないのだが…


 「 大佐 この間の書類出来てますか? 」

 「 ん?ああ、これか 」

 「 どうも 」

 「 明日の美術展の人員配置これでいいっすかね?  」

 「 あとで見ておく 」

 「 新しい機材の導入手続きなんですが、サインを貰えませんか? 」

 「 解った…これでいいか? 」

 「 有難う御座います 」

 「 先程 大佐宛に届いた資料と報告書です 」

 「 そこに頼む 」


 「「「「 … 」」」」


お馴染の部下の面々がまとめて仕事を持ってきたというのに
それにテキパキと返答しつつ 目 の前の書類を一枚ずつ処理している

そんな上官に部下達はただ目 を丸くするしかない。


 「 何だ?まだ何かあるのか? 」


報告を終えても未だその場にいる部下達にロイが用を問うたが彼らは慌てて
「失礼しました!」と声を揃えて急いで退室していった


そんな部下達の様子に彼はポツリと…



 「 …おかしなやつ等だ 」














 「 …やっぱ変だ 」



部屋を後にし 自分達の持ち場へとその足を運びつつ 
いつにもなく真面目 な上官の様子に部下である男四人組は唸るばかりである


 「 なんつーか、怖いほどに真面目 すぎる 」

 「 いい事ではあるんですが普段が普段ですからな 」

 「 何か圧倒されますよね 」


真面目 にというのは当たり前なことなのだが
彼らの上官に関してはそれはとても珍しい事になっている


そんな事態にブレダが大きな溜息と共に…


 「 あーあ。こんな時にトキヨが居たらパッと気分転換できるのに。 」


と、南部に旅立っている居候の名を何の考えもなしに口にした。

勿論 禁句というわけではないのだが…


 「 お前そこを云うなよ 」

 「 だってそうだろう 大体、大佐がああなのはアイツが原因だろーよ 」

 「 やはりトキヨさんですか 」

 「 大佐 きっと心配なんでしょうね 」


 「 …そんなに俺を凹ませたいのか お前等は。 」


彼の言葉に恨めしそうに同僚達を睨むハボ ック

上官からの圧力も受けているハボ ックにとっては大変な重荷である。


 「 大佐の事もそうだが… 」

そんな彼にブレダが後頭部を摩りながら辺りを軽く確認すると


 「 アイツ身分証もまだ仕上がってないんだろう? 」


と、小さく真意を告げた


 「 … 」

 「 少佐が付いているとはいえ 何かあったらやばいだろ 」

 「 …んな事、わかってるさ 」


彼の言葉にハボ ックは眉を顰め そっぽを向いてしまった

少女の心配をしているのは彼らも同じだ
だからこそ止められなかった自分が不甲斐無くて正直腹立たしかった


 「 しかし トキヨさんは知り合いを探しに行っただけなんでしょう?
   見つけたらすぐに帰ると少尉に云っていますし 」

 「 そうですよ エドワード君の様に無茶をする子でもないでしょうから 」

 「 … 」

段々と重くなっていく空気をファルマンとフュリーが解消しにかかる

こうしてさっと合いの手をいれる同僚に有難味を感じるハボ ック


だが―――



 『 …また危ない事じゃないだろうな? 』



脳裏を横切った少女の別れ際の微笑み





 ( アイツ…ただ微笑って返しただけだった… )





それだけは気がかりでならない…
 


 「 どうした?ハボ ック 」

 「 …いや… 」

浮かない顔の彼にブレダが問うたが彼はソレを話そうとはしなかった


 「 …トキヨさん すぐに帰ってきますよね? 」

 「 何だフュリー曹長 お前まで浮かない顔して 」

 「 いえ… 」

ハボ ックに続いてフュリーまで影がさして来てしまった

そこにすかさずファルマンがあるかないかの笑みで
冗談めいて話を振った

 「 もしかして大佐の心配性がうつったんじゃないですか? 」

 「 ファルマン准尉; 」

 「 そーだよなぁ 曹長はトキヨの事、気に入ってるもんなー 」

 「 え?!/// 」

いきなり便乗してきたハボ ックにフュリーはドキリとする

どうやら満更でもない様だ


その反応を見逃さなかった目 敏い同僚達はいっせいにからかいはじめる


 「 アイツが帰ってこないって聞いた時 一番残念そうにしてたな 」

 「 深い溜息ついてましたからね 」

 「 そっそんな事…!/// 」

 「 お?その顔…もしかして曹長に春か? 」

 「 ブ、ブレダ少尉!!/// 」

 「 おー。そうかそうか!あーゆーのが好みか! 」

 「 でも気をつけないといけませんよ?花には棘が付き物ですから 」

 「 違いますよ!僕はただ…!!/// 」

集中攻撃を受け ワタワタと取り乱すフュリー

そんな時にハボ ックが肩にポンと手を置いてきた


 「 ま。あれだな曹長… 」

 「 ? 」


茹蛸の一歩手前に差し掛かり 助け舟が出されたか思われた瞬間



 「 頑張れ。 」


 「 〜〜!ハボ ック少尉!!/// 」



そこにはにんまりとした笑顔をたたえるいつものハボ ックの姿があった





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 「 お疲れ様です 丁度いい頃合ですね 」

 「 その様だな 」

執務室で何の文句も云わず 雑務をこなしていたロイにリザが
タイミングよく書類の回収に来た

時間は丁度 昼休みに差し掛かる


 「 今日はいい天気ですし 外で食事を取られたら如何です? 」

 「 そうだな たまには街の美しい華達を愛でるのも悪くはないか 」

少々の問題な発言を残し 執務室を後にする上官に「お気をつけて」と
リザは声をかけ 決裁済みの書類を携えて遅れて退室した

いつもなら言葉を慎むように注意をするのだが
それは普段と何ら変わる事のない彼の“らしさ”で
今の状況において釘をさす必要はないと判断されたようだった




司令部の長い廊下を蛍光灯に照らされながら歩いていると
「大佐」と声を掛けられ 振り向いた先に…

 「 ハボ ックか 」

トレードマークの煙草をくわえた部下が走り寄ってきた


 「 今から昼飯っスか? 」

 「 ああ、中尉が気をきかせて外へな 」

 「 そりゃ真面目 に机に向かってる大佐を見たら心配にもなりますよ 」

 「 …どーゆー意味だ? 」

 「 そのまんまっスよ。それより外に行くんなら付き合いますよ?
   俺、美味い店見つけたんで 」

毎度の如く上官を敬っていないであろう言動にロイが返答を求めるも
ハボ ックはそれをさらり、と流し 話題を摩り替える

 「 野郎と昼食をとっても何の癒しにもならんな 」

 「 誰が癒すといいましたよ。 」

長々と付き合うつもりもない彼は軽くあしらって
その場を後にしようとしていたのだが…


 「 …ちょっと話せませんか…? 」
 




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 「 最初…初めて大佐がトキヨを連れてきた時
   珍しい事もあるもんだ、なんて思ってました 」

 「 …。 」

ハボ ックの様子に思う所もあるロイは仕方なしに付き合う事にしたのだが
厭味を含みそうな一言から始まったため ロイはじと目 で彼を見やる
それに気づき「そーゆー意味じゃないっすよ」と心外だといわんばかりに訴えた

「じゃあ何だ?」と問われるとハボ ックはス、と視線を落とした


 「 …トキヨ…アイツは年の割りに小さくてまだ子供っぽいところもあって
   だから護ってやらなきゃなぁ、と思います 」

 「 トキヨが聞いたら五月蝿そうだ 」

 「 茶化さないで下さいよ 大佐だって現に心配で仕方ないって
   顔に書いてありますよ 」

 「 … 」

決して崩さないその真剣な蒼の眼差しに漆黒は静かに揺らいだ

男の喰えない笑みも似た心境にある者にはただのはぐらかしだと
手に取るように解るのだった


 「 まぁその心配の苛々を仕事に向けるのはいいんすけど…
   見てるこっちが怖くて参りますがね 」

 「 茶化してるのはどっちだ? 」

 「 はは、そうっすね 」

ハボ ックは煙草を咥えたまま ニッ、といつもの笑みを見せた

しかし それも束の間で段々と薄いものへと変わっていった

 「 …大佐…トキヨの事気になるって云ってましたよね? 」

 「 ああ…その結果がこうとはな。お前の云う様に
   とんでもないものを拾った 」

 「 でも煩わしくは思ってない… 」

 「 …随分と回りくどいな 私の口から何を聞きたいんだ?ハボ ック 」

彼の云い回しにロイは不敵に哂うと彼の云わんとしている事を問うた


問われたハボ ックはその深い漆黒に自身の蒼を向け 真っ直ぐに言葉した



 「 大佐がトキヨをどう思ってるのか聞かせて欲しいんすよ 」



少女に関するその問いはこれで二度


 「 … 」


優秀な部下二人に全く同じ質問をされたロイは問う蒼から視線を外す事無く
ただただ沈黙する


そして…



 「 下らんな 」



吐き捨てる様に発せられた



その言葉にハボ ックが怒 りを憶えた瞬間―――




 「 私はアレの保護者だ 私なりに家族の様には思ってるつもりだ 」




続けれた彼の意外な言葉に思わずポカーン。としていまうハボ ック


 「 ……家族…すか 」

 「 …ああ 」


ムッ、と眉を顰め ロイは気が抜けた様な顔をしている部下に
「何だ?」と不機嫌そうにその反応の意味を聞く

すると 聞かれた部下はその抜けた表情を変える事無く


 「 いえ 意外とアットホームなんだなと…。 」

 「 ハボ ック… 」

 「 冗談すよ 」


見事に茶化しの方向へと持っていかれ ロイは内心 
素直に云うべきではなかったと軽く舌打ちをした

だが 云ってしまっては後の祭り。


 「 …今の云うなよ 」

 「 云いませんよ 」


とりあえずの口止めをし ロイは不服そうに明後日の方向を
向いて黙り込んでしまった




一方 ハボ ックはご機嫌斜めになった上官の言動を整理し
彼の中である“答え”を導き出した




 ( 思い過ごしか… )




この態度からしてデタラメではないであろう

とりあえず上官の本 心を少しばかり聞けてハボ ックは密かに
胸を撫で下ろしていた

それを知るものは本 人以外居るはずはなかった。