有り得ない事なんてない

誰かがそんな事をいってたね…





 < 小さな偶然 >







 「 ほぉ友人を探しているのかね。 」

 「 はい…きっとあの子に逢えばもっと何か思い出せるかも、と 」

 「 うむ、記憶が無いというのはまた難儀な事だ
   われわれにできる事ならば協力はしよう 」

 「 有難う御座います! 」


そんな会話がなされているのは中央司令部にある大総統執務室


ハボ ックを見送った後

二人は視察する本 人である大総統に同行の許可を得る為
トキヨが自分から直接 話すと進んで出、今に至る


 「 しかしこの南方視察に危険が無いとは云い難い…
   やはり君はマスタング大佐の所で待っていた方が… 」

 「 いえ…自分で探したんです!これは私の問題ですから 」

 「 我輩からもお願いいたします 」

少し渋る仕草を見せる大総統にトキヨは「自分で」と食い下がる
そんな切実な少女の想いを汲み取り 少佐も頭を下げてくれた

しかし…


 「 だが、その少女に気を取られ 閣下の護衛が疎かになっては困る 」


大総統の側近であろう将軍クラスの男が口を挟んできた


 「 錬金術なら少しは使えます 閣下をお守りする盾くらいには… 」

トキヨはめげる事無く閣下にそう申し出た時
口を挟んできた男が鼻で小さく哂うのが解った


 「 ――ッ?!;; 」


それにカチン!と来た少女はパンッ!と両の手を鳴らし
哂う男へ目 掛け 床石を棘に練成した 



 「 …何か仰いました? 」



練成した棘が咽元にある男は身動きも出来ず ただ青ざめている
そこに追い討ちをかける様に練成した本 人が冷たく微笑む

流石にこれにはアームストロングも咄嗟の事に銃を構え様とした
もう一人の側近も固まっていた


 「 ほぉ…鋼の錬金術師と同じ練成法か 」 

そんな危うい雰囲気の中 彼だけは微動だにせず冷静でいた

「失礼しました」と不躾な態度を取った事を軽く会釈をし 謝罪すると
隻眼の彼は革張りの椅子に背を深く委ね 楽しそうに微笑んでいる

 「 いやいや頼もしい限りだ トキヨ・カサイ君だったね
   その気があるなら是非国家試験を受けてもらいたいものだ 」

 「 恐縮です 」

と、最後に少女はにっこりと愛嬌を振りまくともう一度お辞儀をし
少佐と共に執務室の敷居を跨ぎ ドアを閉める


 「 …ちょっと嚇かしすぎたかな? 」

 「 あの様な輩には丁度良い薬となろう 」

 「 へへ☆ 」

そうして見上げてくる少女は悪戯に成功したような無邪気な微笑みで
先程見せた冷たさは微塵も感じられず 少佐は静かに胸を撫で下ろしていた


 「 しかし驚きましたな まさかトキヨ殿も錬金術師とは 」

少女の保護者であるマスタングから一言もそんな事は聞いていなかった
その為 とても驚きもしたが感心もしたらしい

 「 自称だけどね 簡単な練成しかした事ないし 」

 「 いや 陣なしにあれほど正確な練成を行えるなら
   トキヨ殿も立派な錬金術師ではないか 」

 「 そんな事無いです 確かに陣なしに練成は出来るけど
   全然立派なんかじゃないですよ… 」

 「 何を謙遜しておるか トキヨ殿はその力で人助けをされた
   それこそ錬金術師の本 来の姿ですぞ? 」

おそらくヒューズの事を指しているのだろう

確かに人助けとしての名目 は正しいが…


 「 “錬金術師よ、大衆の為にあれ”か…どうかなぁ 」


あの時はただ涙を流させたくなかっただけだった

真っ先に浮かんだ唯一人の涙を…





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 ( はぁ〜…大佐になんて云われっか、気が重い…;; )


一方 単身で東部に帰還する事になったハボ ックは列車の中で
上官に連絡をするため 受話器を取っていた

 『 はい リザ・ホークアイです 』

切り替え音の後に聞こえたのは彼の声ではなく
同僚のホークアイの声であった

 「 あ、お疲れ様です!ハボ ック少尉っすけど…大佐は? 」

 『 マスタング大佐なら視察中で今は出ておられるわ 』

 「 あ、そうなんすか… 」

 ( ホ…。良かったやら良くなかったやら…; )

今この場で怒 鳴られるか、帰って直接 怒 鳴られるか

どっちにしろハボ ックにとって得をする事ではありえないのだが…


 『 おや中尉 電話かね? 』

 「 ?!; 」

受話器越しにドアの開閉音が聞こえたと思ったら
その刹那に怒 鳴るであろうその男の声が耳に届いてしまった

 
 『 はい ハボ ック少尉からです 』

 『 …ハボ ックか 私だが。 』

 「 は、はい!; 」

急に近くなった上司の声にハボ ックは思わず背筋を伸ばす

 『 昨日トキヨから空振りだったと連絡があったがどうだ?
   あれから浮上したか? 』

 「 ええ、まぁ…浮上はしてますね…; 」

 『 そうか そこにトキヨはいるか?代わってくれ 』

 「 え?!いや、そのぉ…;; 」

一番の問題の種である少女の事を聞かれるのは覚悟していたが
この場にいない少女の声を聞かせる事などできる筈もなく…


 「 …〜〜すんません大佐!実は… 」




意を決してハボ ックは少女の南部行きを告白したのである。




 『 …と、云う訳で今、俺だけが列車の中で… 』

 「 … 」

 『 あのぉ…大佐? 』

何と云ったらいいものか

部下の意外な報告にロイは手で額を覆う事しか出来なかった

 「 はぁ…馬鹿者と云いたいところだが仕方ない。
   トキヨの事は少佐に任せてお前はさっさと帰って来い 」

 『 イエッサー! 』

漸くの言葉に怒 りがなかった為か ハボ ックは威勢の良い返事の後
ガチャリ、と電話を切った

ロイも受話器を戻すと無言のままデスクへと向かい
黒革張りの椅子に座した

 「 … 」

 「 大佐 」

 「 馬鹿者が…何の為にハボ ックをつけたと思っているんだ 」

 「 でもアームストロング少佐がお傍に居るなら左程ご心配はないかと… 」

少々苛立っている上官を宥める様にリザがフォローをするも
ロイは眉を顰め 忌々しそうに額に掛かる前髪を払った



 「 …あまりいい予感はしないな… 」





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日もすっかり落ち 月が夜の灯りになった頃


 「 あらトキヨさん 丁度起こしに行こうとしてたのよ 」

 「 あっはは…すいません爆睡しちゃって…;/// 」

と、申し訳なさそうにはにかむ少女

それもその筈で大総統に面会した後に軽く食事を取ってから
その後 ロス少尉たちと再び顔を合わせるなり欠伸を何度も噛殺す始末で
心配になった少佐らが三人が仮眠室へいく様に云い 少女は仕方なしに床に
ついていたのだが その睡眠時間ときたら半端ではない。


 「 それだけ疲れてたのよ 顔洗う? 」

 「 はい 」

確かに彼女の云うとおりではあった

昨日はヒューズの事があってとても眠れる状況ではなかったから…




 「 あ、少佐! 」

顔も洗ってさっぱりとしたトキヨの前にアームストロング少佐が
私服に着替えて仮眠室の前に立っていた

 「 おお、トキヨ殿 ゆるりと休めましたかな? 」

 「 はい、もう十分過ぎるほどに…。 」

 「 うむ。では早速参ろうか ロス少尉ご苦労であった 」

 「 は!お疲れ様です! 」

 「 ? あの何処へ?列車にはまだ早いんじゃ… 」

ポポンと交わされた軍人二名の話に少女は一人
困惑しているとロス少尉がクスリ、と微笑して「実はね?」と耳打ちをしてきた



それは…




 ( はぁ… )



心の中で深い深い溜息をつきながらトキヨは“ある場所”で
誰とも知れない人物を待っていた

その場所はというと…。


 ( ありえねーよ、この敷地…つーか本 当に自宅ですか;; ) 


名門中の名門 アームストロング家の広い広ーい応接 室。

なんでも自分が寝ている間に南部行きの寝台列車が出るまで
少佐がスケジュールを決めてしまったのだと少尉が教えてくれた

別にそれは至って構わない、夕食もこちらでご馳走になる事も勿論で。
しかし、腑に落ちないのが「お主に逢いたがっている者がいる」と云われた事
 

 「 失礼します お嬢様がお帰りに… 」

誰が待っているというのか…そんな事を考えている時
執事らしき人が静かに入室してきた

そして すぐ後に――


 「 叔父様! 」

 「 おお、来たか 」



 「 ぁ… 」


元気のいい声と共に姿を見せたのは金糸の長い髪を左右二つに結わき
可愛らしい半そでのワンピースに身を包んだ少女が入ってきた

だが その子はトキヨにとってただの少女ではなく…


 「 ご紹介しよう。先程お話した我輩の姪で… 」

 「 初めましてトキヨ様 リズワーナ・フィル・アームストロングです 」

少佐の紹介を受け ペコリ、と会釈する少女
トキヨは一瞬カラッポになった思考をどうにか取り戻し 言葉を紡ぐ


 「 ……はじめ、まして… 」





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コレは一体どういうことなのか


光稀の友人という事で知り合いらしい少女は話がしてみたいと
叔父である少佐に食事と銘打って来てもらう様にしたのは彼女らしいかった

トキヨは少女に促されるまま 応接 室から庭にある離れへと席を移 した

手入れの行き届いた庭には花々が賑わい 夜風に微かな香りが混り
困惑する気持ちを落ち着かせてくれたのでトキヨは少し安心していたが…

 「 トキヨ様 お砂糖はどれ位いれます? 」

 「 あ、じゃあ二杯で… 」

冷静を装って少女から紅茶を受け取る
それでもトキヨの思考にはまだ混乱があるようだ

それはいま目 の前に居る少女 リズワーナのため…

彼女はこの世界に存在するはずのない子
光稀の創ったオリジナルキャラクターだからである


 ( でも、ほんとに“リズ”…なんだよなぁ… )


容姿から表情 設定も振る舞いも至って光稀が創ったまま

夢でも見ているようなそんな感覚に近かったが
しかし この世界に居る筈がない自分がいるのだから
むしろ不思議に思う方がおかしいのかもしれない


 「 私の顔に何かついてる? 」

色々と考えているうちに眼が釘付けになってる事に気づかず
トキヨはリズの指摘にうろたえたがなんとか誤魔化そうと
必死に笑顔で対応する

 「 い、いやそんな!;あのぉ…それ!可愛い飾りだなって…;; 」

その結果 いい訳の対象に見つけたのがリズのつけているゴムの飾り

苦し紛れに何気なく云ったのだがリズはトキヨの言葉に
嬉しそうに表情を和らげた

 「 …コレ、この前ミツキが私にくれたんです 」

 「 あの子が? 」

 「 はい それで友達になってくれたんです… 」

 「 そっか… 良かったね 」

 「 はい! 」

意外な結果にトキヨは眼を丸くしていたが
リズのはにかむ笑みに彼女も次第に口元が緩み優しく微笑んでいた


 ( 可愛い顔しちゃって…光稀も嬉しかったんだろうな )


自分の創ったキャラクターが生きて、話して、微笑んで…
その気持ちはきっと子を持つ母の様なものと似ているのかも知れない

トキヨにもそんな気持ちの思い当たるところはある

だが それは自分には実感できないものと予想していた



 ( …俺は逢えない…“あの子”には――… )







 「 お嬢様 お食事の支度が整いました 」

 「 わかったわ 」

二人の共通の友人である光稀の話を交わし始めてから暫くして
メイドの女性が呼びに来た

カップに残っていた紅茶を一気に飲み干し 
トキヨが席を立つとリズが思いついた様に手を鳴らした

 「 そうだトキヨさん!お食事の後に錬金術を見せもらってもいい? 」

 「 ああ 構わないよ 」

 「 ありがとう! 」

話しているうちにすっかりと打ち解けたらしく二人は仲良く並んで
食卓へと向かうのだった