勝負は大体が根競べ





 < チェックメイト >





空が清々しい快晴のこの日も少女はずっと部屋の中


 「 さて…どーしたもんか。 」


司令部の一室で窓から空を眺めながら溜息をつくトキヨ

その理由は退屈と昨日の出来事


「記憶が無い」と、彼の傍に居る為についた嘘

彼はそれを信じて自分の事を探してくれている

この世界には存在しない自分を…


 「 やっぱ いつまでも隠し通せるものじゃないよなぁ… 」

きっと…いつかは話す時が来る
例え話した所で信じてはくれないだろうが…


やりきれない思いに思わず苦笑に寝転がっていたソファーから起きると同時に
コンコン、と来客がドアをノックしたのが聞こえた
「どうぞ」と何気なく応えるとそこには意外な人物が現れた


 「 お邪魔するよ 」

 「 ?!しょ、将軍?!;; 」

そう、なんと来客はこの司令部の長でもある老将軍だった


 「 様子を見に来たんだが、どうかな?
   ここの生活にはもう慣れた頃かな? 」

 「 あ、はい!皆さんよくしてくれますから 」

 「 そうかそうか それは良かった 」

目 尻のしわやちょっと淋しい感じの白髪 かけられた丸い眼鏡と
鼻の下に生やされたヒゲはいかにもおじいちゃんといった感じだ

 「 ところでお嬢さん今はお暇かな? 」

 「 ええ、ご覧の通りですけど… 」

 「 ふむ では、お相手願おうか。 」



 「 ……は? 」




**************************************
 
 



 「 …あのぉ、将軍? 」

 「 うん? 」

 「 素人ですからお手柔らかに…;; 」

 「 わかっとる、わかっとる 」


いきなり現れた彼に何を云われるのかと緊張していたのだが…
何のことはなく平然とチェスの相手として部屋の外へと連れ出してくれた

鬼の様に厳しいという事は無い事は前もって知っていたし
直接  逢ってもそれを実感した

だが 何故に自分なのか?

チェスの相手ならばちゃんとしたのがいるだろうに…。


 「 大佐 捕まらないんですか? 」

テーブルに置かれたチェス盤に駒を一つずつ配置しながら徐に問いかける


彼がチェスをしていた時 その相手をしていたのはロイ・マスタングだった
実際に眼にしたのは一度きりだったが 確か彼とは確か…
1勝97敗15引き分けできっと将軍にとっても良い相手のはずだ


問われた将軍は「ん〜」と短く唸って応えた

 「 マスタング君は資料室に籠ってるよ 」
 
 「 …そうですか 」

資料室…

新たな事件での調べものなのか、それとも自分の事を探しているのか
どちらにせよ自分は彼の邪魔になっているのではないか…

トキヨはそんな罪悪感に俯いてしまった

それを見た将軍は眼鏡越しに柔和に目 を細め 少女が残した最後の駒を
チェス盤へと置く

 「 ほほ、君はなかなかいい子だ わしの孫も気に入ったわけだ 」

 「 ? 孫? 」

どんどんと沈んでいく気分の中 将軍の言葉が妙に引っかかり顔を上げる 


 ( はて、将軍の孫なんて文字以外で登場したシーンなどあっただろうか? )

自分の記憶違いか?と首を傾げていると…


 「 ほれ マスタング君の側近しとるリザ・ホークアイ中尉 」


 「 ……〜っうそぉ?!!!;; 」


あまりの衝撃に大声を出してしまい 思わず両手で口を覆う

今まで考えていた事など吹っ飛んでしまう位の将軍の不意打ちに
一瞬 思考が停止してしまった


 「 意外かね? 」

将軍の言葉にトキヨは大袈裟にコクコク、とうなずく
まだ目 を丸くしたままの少女に彼はほほ、と楽しげに笑うのだから
少しいじめられているのではと錯覚しそうになる

流石はあれの上官と云えよう…

 「 まぁ解らんのも無理はないか わしがもう少〜し若かったら
   気づいたかもしれんがな! 」

 「 は、はぁ…;; 」

この茶目 っ気からして本 当に血が繋がっているのかと疑ってしまう…。

呆れた様な表情を明後日の方向に向けていると
トキヨはある事にふと気が付いた


 ( ……待てよ、つまりだ。リザさんが孫って事はあれは―――… )


いつだったか本 のページで将軍が「孫を未来の大総統夫人に…」と話していた
それをロイは軽く流していたシーンが脳裏に甦り ある方程式が組み立てられた

孫 = リザさん 

未来の大総統夫人 = お嫁さん

それが完成した途端に思考が止まり 次の瞬間には…


 ( ……………断固として許さん!!!!!(激怒 ) )


メテオストライク並みの怒 りがトキヨを支配したのだ


 「 さぁ 始めようか。君が先行でいいよ 」

 「 …え?あ、はい…!;; 」

彼の声にはっ!と我に返り チェス盤に集中する

目 の前の少女が嫉妬にメラメラと燃えているとも知らずに
将軍はお気楽な様子でゲームを始めた





**************************************




ペラペラ…


ページを捲る音が響く資料室でマスタングは独り 入国者リストに目 を通していた

少女が現れてから行方不明者のリストやら何やら色々と引っ張り出してはいるが
その全てが空振りに終わっている
その筋のベテランにもあたったし ハボ ックやリザ達も手を尽くしてはいるものの
まるで進歩が見られないのが現状である


 「 …やはり、か… 」


これで何度目 だろう…

目 を通しては閉じ またそれらを棚に戻す

確かにこの広いアメストリスで一人の人間を探すのは容易ではない
だが 普通に暮らしていれば何かしら個人の記録というものは残る

しかし 少女に至っては全てが謎


だが 何故だろうか…


ロイにはそれが<自然に>に思えて仕方が無い



資料があって<君の存在>を認めるか


資料が無くて<君の存在>を認めるか



 「 …そろそろ戻るか 」

ロイは思い出した様に懐中時計を開き 時刻を確認する

実を云えば書類の決算の最中で抜け出してきていたのだ
しかも これが初めてではなく中尉がちょっと目 を離すと
その隙にこうして調べに来ているのだが リザにとっては頂けない話である。

時折 リザに見つかって説教されるのだが「トキヨの為だ」と言い訳をするも
逆に「仕事が遅くなると迷惑になる」とカウンターをくらう
…現にそうなのだからロイとしては言い訳など出来る立場には無い

その事を思い出してクスリ、と笑いながら後片付けを済まし 部屋を後にする



コツコツ、と黒いブーツを鳴らし そのまま自分のオフィスへと向かう

…はずもなく 不真面目 な彼は少女のいる部屋へと足を伸ばすのであった。

資料室からはそう離れてもいない為 ちょっと顔を見る程度なら左程
時間は掛からないだろうなどと勝手に自己解決してしまうのだから
周りから見れば何ともいい加減な人間だと思われるだろう…





**************************************




 「 …うーん、と…はい。 」

 「 ほい。 」

モノクロの小さな戦場に真剣に向かう二人

といっても厳しい顔でいかにも悩んでますという少女とは違い 
その相手である老将軍は何食わぬ顔で駒を運んでいる


 「 ん〜と、はい!ナイトもーらい☆ 」

ニッ☆と得意気に笑みを浮かべるトキヨ
それに合わせてか 将軍もホホ、と柔らかく笑う

…だが


 「 じゃあ、わしはキングね 」

 「 …のお?!それ待った!!;; 」

さり気無い彼の言葉に一変 少女は焦った様子で頬を手で覆い 待ったをかける

 「 ふむ、じゃあコレ。 」

 「 どーも。…さあて、どないしようか〜…;; 」

 「 ほっほっほ☆まぁゆっくり考えなさい 」

最後の手を変え チャンスを与える彼に一礼し「う〜ん;;」と苦悩するトキヨ
そんな表情豊かな少女に楽しそうに目 を細める将軍


そんな折 コンコン、と少女が背にしている部屋のドアがノックされた
「開いとるよ」と部屋の主である将軍が応えると


 「 失礼します 」


とても聴きなれた声に「ん?」と振り向くと案の定 予想した人物が扉を開けた

 「 先程 伍長から将軍がこの少女をお連れになったと聞きましたが
   なにか気がかりなことでも? 」

軍人らしくピッと敬礼をし 淡々と用件を述べるロイは何処か新鮮に映るなぁ、と
人事の様に眺める少女
その脇からは相手の言葉が返される

 「 いいや、ただチェスに誘っただけだよ。君はやる事があったみたいだし
   この子とも少し話してみたかったから なぁ? 」
 
 「 将軍の仰るとおりで☆ 」

オチャメな彼にニッコリと笑顔で返す少女
ロイはその様子に安心したのか、呆れたのか解らない息をつく

 「 …そうですか…それなら問題はありません 」

「失礼しました」と再び敬礼し 去ろうとすると


 「 マスタング大佐 」


少女の真剣なその声音に男は振り返る


…と。

 「 …良ければ助言してくださる?もうお手上げで… 」

テヘ☆とした感じの笑顔を向け チェス盤を指差す少女

ロイは完全に呆れた様子で深く息をついた
だが そのまま帰ってはしまわずに少女の隣へと場所を移 した

一通り盤を見渡し ふむ、と顎 に指を置く

 「 ルークをそこに… 」

 「 ん。で? 」 

彼のチェスの腕を信用し 指示通りに駒を進める



その結果―――



 「 チェックメイト 」



見事に負け。



 「 ……鬼だ 」

 「 ほほ☆勝負は勝負だよ さて時間も頃合だな
   お嬢さん 付き合ってくれて有難う 」

 「 いいえ〜(泣) 」

 「 では 失礼します トキヨ行くぞ 」


少女は心の中で涙の海に浸かりながらロイの後に素直についていく





**************************************





 「 …あれ ワザとでしょ? 」


部屋を後にしてから少ししてトキヨは男に抗議の眼差しを向けた

 「 どこへやっても結果は同じだ あの方に勝つなんて十年早い 」

「私ですら敵わないのだからな」と、すっぱりさっぱり流してしまう
そんな彼に少女はムッツリと顔を顰め フン!とそっぽ向いた

すると 何か閃いた様に途端に表情を変え 男に話を持ちかけた

 「 そーいえばさぁ… 」

 「 何だ? 」


 「 今ってまだ休み時間じゃないよね? 」


その一言にロイはピタリ、と動きを止めた

少女も彼に合わせて足を止め 様子を窺う

 「 … 」

 「 … 」


そして 数秒後


 「 今日の昼は何がいいかね? 」

 「 はい!そこ誤魔化さない!! 」


見事な営業スマイルで話を逸らす彼に少女は素早くツッコミを入れる


 「 全く本 当にサボ り魔なんだね、大佐 」

 「 失礼な ちょっと息抜きを心得ているだけだ 」

 「 心得ないでくださいよ 」

「大人は大変なのだよ」と笑って誤魔化すロイ

この少女の事だから「自業自得!」などと返してくると
予想していたのだが それは外れた


 「 …いいよ 」

 「 トキヨ? 」

 「 無理しなくていいよ 俺の事まだ調べられてないんでしょ?
   大佐の負担になるんならいいよ いつでも消えるから 」

 「 … 」

将軍が云っていた事を思い出したトキヨ

元々 彼の仕事の量を増やしたのは自分ではないか…

通常の任務などで忙しい中 その合間でしか調査を許されない


 「 ホントはあんたの傍に居ちゃいけないんだよ
   俺みたいな役にたたない唯の子供はさ… 」


俯き加減で自嘲の笑みを刻む少女は
まるで今までの表情が嘘の様に大人びていた


だが 何故か辛いのだ

こんな少女を見るのが…


 「 …随分な事を云うね 君は… 」


そう云うと静かにロイは少女の髪へと指を運ぶ


何故だろうか

今 ここで止めなければ本 当に…


 

 「 大佐 見つけましたよ 」



と、そこに鋭い鷹の目 が標的をロックした


完全に射程内へと捕らえられた男は少女の髪を梳く筈だった
その手を確実に近づいてくる副官を静止させる手段へと変更させた 

 「 いや、中尉 勘違いはよしたまえ 私は… 」

 「 優秀な副官のお出まし〜♪ってね
   ほ〜ら行った!行った! 」

いつの間に浮上したのか
少女は普段通りの様子で渋る彼の背中をグイグイ、と押しやる

男は背を押す少女の片腕を掴み 足に力をいれて踏ん張る 
トキヨとしても残った腕でどうにか彼を押す

 「 こらっ 家主を労わらないか! 」

 「 聞く耳持たん。 」

そうしてロイの必死の抵抗も空しく リザに見事に捕獲された

言い訳を云う間もなくリザにトキヨを部屋まで送るから
先に執務室へ行く様 強制的に約束された
副官に頭が上がらない全く持って情けない男を置いて「行きましょ?」と
にっこり笑ってさっさと去ろうとするトキヨ
リザも「そうね」と笑って答え 少女を先導していく

トキヨも素直について歩こうと向かったその時

グイ、と腕を取られ その犯人の方へ抗議にしようと振り返ると―――  



 「 消えるなよ 」



犯人である男はいつにも無く凛とした表情でそう告げると 
静かに腕を離し 何事も無かったかの様に去っていった
 
暫しその場から彼の背中の追っていた少女はハッ!と先に行ったリザの後を
小走りで追いかけ 再び後についていく


 「 …、… 」

 「 どうしたの? 」

 「 、ううん!何でも☆ 」
 

遅れてきた事にリザが問いかけてきたので 
少女は先程の様に微笑んで誤魔化した


…本 当は彼のあの表情で胸が苦しくて堪らないのに…






 ( …あんなの…反則だ…/// )