小さな羽根を

エゴの籠に…





< 黒羽 >







 「 …やっと静かになったか 」



真夜中 既に時計の針は日付を変えている


トキヨの事があってから少しして嵐が弱まったのを見計らい
自宅へと帰宅した二人

トキヨは風呂などの用事を済ませるとすぐに部屋へ戻り 寝てしまったが
家主であるロイ・マスタングは少女の為の書類を揃えるべく
ずっとデスクに向かっていた
風や雨の騒がしさに睡魔も逃げ出した事もあるが
空を覆っていたどす黒い雲は薄れ 風も治まっていた

ロイはふぅ、と息をつき 椅子の背に寄りかかると書類と共にデスクに置いていた
ブランデーを取り 喉を潤す
カラン、と大粒の氷が小気味良い音を立て 耳を擽る
一口それを含むとコトリ、とデスクに戻し 暫し何かを考える様に目 を伏せる


 「 … 」


そして黙ったまま閉じた闇色の瞳をゆっくりと開く

すると 何を思ったのか 徐に椅子を立ち 部屋を出て行く





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彼の向かった先は自分の寝室


…の、隣にある少女に与えた部屋

夢の中であろう少女を起こさぬ様に細心の注意を払いながらドアを開けた
暗がりの中 そっとベッドへと近づき 床の住人を覗く

案の定 少女は胎児のように身体を丸め 小さく寝息を立てていた

その穏やかな寝顔を漆黒に映しながらロイはつい数時間前の事を思い返していた

少女が錬金術を使ったあの時 私を映した瞳が戸惑いに揺れていた
それを承知の上で少女に告白するよう酷な事を聞かせて…
云い方を変えれば あれは脅迫に近いのかもしれない


逢って以来 今まで無理に事情を聞こうなどとは思わなかった

なのに何故…?


ロイは自問自答した

だが 答えなど既に出ている



< 不安 >



そんな単語が頭を過ぎった


最年少の天才国家錬金術師と同じくする練成法

つまり この仔も何か危険を冒したのではないか…?

興味と同時にそんな不安が襲った


初めて出逢った時 
どうしようもない好奇心が俺を突き動かした


―――テバナシテハイケナイ 


何かが耳鳴りの様に静かに鋭く囁きかけて…





 ( 君は…こんな私を知ったらどう思う…? )



いや、もしかしたら見透かされていたのかもしれない




 『 俺もアンタを利用する 』


真っ直ぐに注がれた少女の眼光





今までの中で一番<らしい>と思えた…





 「 …らしい、か…何も知らないくせに哂わせる… 」

自分の馬鹿げた考えに自嘲し ロイは部屋へ戻ろうと踵を返す


すると


 「 …ん…… 」


 「 …トキヨ? 」


キシリ、とスプリングが鳴り シーツの擦れる音が耳に届く
起こしてしまったか、と再び少女の様子を見る
だが 軽く寝返りをうっただけで起きる様子は全く無かった

ふぅ、と安堵の溜息を零すとロイは少女が寝返った際に投げ出された掛け布団を
掛け直してやり 頬に掛かる長い髪をそ、と払ってやる

指からすり抜けるソレはふわりとしている

きっと細いからという事もあるのだろう
先日 間近で目 にした少女の髪は自分のものより遥かに細かった…



 「 …、…やれ、俺も寝るとするか 」

ぼ んやりとしていたロイはふと我に返り 独りポツリ、と零す

静かにベッドを離れ 流れる様にドアをすり抜けると
そのまま寝室へ向かい 眠りに付いた





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夜が明け 昨日の嵐が嘘の様に空は晴れ渡っていた



家主はいつもの如く起床し 朝食を用意の済ませて自分の席で腰を落ち着けている

数分後 トントントン、と階段を下りてくる音が聞こえ 彼は読んでいた新聞から
入り口へと視線を移 すと…


 「 ぁふあ〜〜…お早う、大佐ぁ 」


その大きな欠伸を手で隠しつつ 明らかに覚醒しきっていない声で
挨拶をするトキヨ

ロイはそんな少女にクスリ、と微笑し 挨拶を返す

 「 お早う 随分と豪快な欠伸だな 」

 「 へいへい そうですねぇ… 」

トキヨは再び出現する欠伸を噛殺しながら朝から口達者な男に半ば呆れつつ
掌を前に組んで「ん〜!」と生理的に身体を伸ばし 解していく


初めてこの家で朝を迎えた時のあの過敏過ぎる程の謙虚さは何処へやら…。


 「 ん〜……あ。 」


首をコキコキと鳴らし キッチンへと向かおうとしていたトキヨが
何かを思い出した様にピタリ、と足を止めた

 「 ねえ あの書類ってやっぱ早い方がいいよね? 」

 「 勿論だ 今日中に仕上げるつもりでいなさい 」

 「 は−い 」


まだ何処か抜けた様な声で返事をする少女に「火傷するなよ」と声をかける
トキヨはそれに対し振り返る事も無く 手をヒラヒラ、と振り返すだけだった

ロイは全く、といった風に息をつくと手にしていた新聞を閉じ 少女の後を追った

追われている少女は後ろから聞こえる足音に振り向くも
そのまま気にせずに目 的地へと歩を進める

歩を進める度に近づく気配と足音に少女は廊下の真ん中を歩いていたのを
気を利かせて後ろの彼がすり抜けられる様に右へと避けた

だが その気配は一向に横を通らない 


 「 …なにさ。 」

どういう訳か自分についてくる男にトキヨは足を止め じろり、と見やる

すると


 「 いや?ただ水を飲もうかと思ってな 」

と、彼も足を止め 質問に答える


トキヨは「ふーん」と、鼻であしらい それ以上 構う事無くキッチンへ向かった





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今や自分の仕事場となったキッチンでトキヨはコーヒーを淹れる為に
道具やらを揃え 黙々と作業をする


…が。


 「 …ついてくるなら大佐がやれば? 」


傍で自分の行動を見守る男に少女はツイ、と抗議の眼差しを送る

「水を飲む」といってキッチンまでついてきた家主だったが 結局の所 
ただの付き添いであることが判明し 少女は些か気に入らない様子だ

だが

 「 美味いコーヒーで良い一日を過ごしたいじゃないか 」

と、少女の気などお構いなしにいかにも作られた爽やかな笑顔で返す彼


口だけは達者だ


 「 はいはい 煽てても何も出ませんよ。 」

 「 期待はしてないよ 」

 ( ……舌を抜いてやろうか、この色ボ ケ野郎は…!(怒 ) )


黒い怒 りのオーラを纏う少女にも男は何処吹く風


 「 ははは そう睨むな、可愛くないぞ? 」

 「 ええ、ええ何とでも。こんな不細工は何したって可愛くないさー。 」

 「 そんなことは無いさ 君には君の魅力があるよ 」

 「 ……/// 」

お世辞と解ってはいるものの やはり特別な人にそうして云われると
余計に気恥ずかしくなり 何も云えなくなってしまうもんなんだなぁ、などと
必死にまだむくれている自分を演じながらトキヨはそんな事を思っていた

その内に火にかけていたポットが沸騰を告げ 手早くそれを火から下ろして
コーヒーのソーサーにお湯を注いでいく
湯気と一緒にコーヒー豆のいい香りが立ち上り のぼ せそうになる気持ちを
ふっ、と引き締めてくれた

こうして 朝キッチンに立ってこの香りに包まれると
「さあ、今日も一日が始まるぞ」という意気込みに楽しみが湧いてくる

だが それとまた同時に「嘘のトキヨを演じなければ…」と
何処かやりきれない気持ちと不安とが訪れていた


しかし 今日はそんないつもとは違い 重みが心なしか軽く感じる


昨日 全ての事を話した訳ではないが、押し隠していた秘密を告白した事で
ほんの少しだけでも気負う事が減ったのが良かったのかもしれない…


 「 トキヨ どうかしたかい? 」

上の空にでも見えたのだろう
ロイが覗き込む様にして少女に声をかけた

 「 別に? 今日も大佐はサボ って溜めた書類に始まり 書類に終わる一日を
   リザさんに注意されながら過ごすのかなぁ〜って☆ 」

 「 …君ねえ… 」

 「 ほ〜ら、淹れたてのおいし〜いホットコーヒー☆
   冷めない内に飲まなきゃ損するぞ〜★ 」

話している間に落ち切ったコーヒーをココアの入ったそれぞれのカップに
均等に注いでいくトキヨ

その様子にはいかにも楽しげである。


 「 …では、そうさせて貰おうか 」


 「 あ。 」

カップをトレーに乗せ終わり さぁ、運ぼ うとした刹那

漆黒の男によってそれらはあっさりと奪取された。


 「 ちょいと家主様 人の仕事を取らないで下さる? 」

文句を云う前にさっさと立ち去る彼の後ろにピッタリとくっついて
じと目 で少女は抗議するも全く聞く耳など持たない男は…

 「 冷めない内にといったのは君だろう? 君よりも私の歩幅の方が広い 」  

 「 …御尤も。 」

 ( どうせアンタ等 西洋人と違って短足で胴長な日本 人体型ですよー。 )

仕返しと云わんばかりに厭味を繰り出す彼
変えようの無い事実にトキヨは文句の云い様が無く 密かに愚痴を零した





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コーヒーをセッティングして始められた食事

大したものではないと彼はいうがよく写真などで目 する
洋風の朝ご飯が綺麗な彩りで白磁の食器に盛られていると正直 驚く

そして いつもながら思うが本 当にこの男は器用で少し悔しい…、と。


 「 あら、ジャム品切れ…。 」

 「 ん?そうか、じゃあ今日の帰りに買っておこう 」

 「 んー 」

家主の提案に賛成しながら少女は空となった瓶の蓋を閉める

 「 …ねえ、大佐ってイチゴのジャムしか食べれない人? 」

 「 いや? ただ、とくには拘らないだけだが 」

 「 んじゃあ 今度はブルーベリーのジャムにしない?
   ブルーベリーって目 にいいから大佐には最適だと思うよ? 」

 「 優しい心遣い痛み入るよ トキヨは色々と面白い事を知っているな 」

 「 色んな情報が日々この耳に舞い込んでくるものでね☆ 」

トキヨは得意気にニッ☆と笑う

ムッとしたり、笑ったりと本 当に表情豊かな娘だ、と感心していると
ロイはふと在る事を思い出した


 「 …トキヨ、話は変わるんだが… 」

 「 はい? 」


 「 前から聞こうと思っていたんだが どうして私の名前を知っていたんだ? 」


思わぬ発言にピタリと動きを止め トキヨは質問してきた男をちらりと見やる


 「 …どうしてって…東部では有名人でしょ? 焔の大佐は。 」

 「 そうだね… だが、名を知っていても顔までは知らないさ 」

 「 …ふーん。 」


どう返したものか…


トキヨは言葉が見つけられず気まずそうに視線を下げ コーヒーを啜る

 
 「 答えたくなければ別に構わないよ? 」

その様子にロイは察し ぱたり、と話を閉じた


 「 …ゴメン… 」

 「 聞いてみただけだ、気にしなくていい 」

申し訳なさそうに謝る少女はシュン…、としてしまう

ロイとしても後味が悪く 少女の淹れたコーヒーを一気に飲み干すと
すっく、と立ち上がり 俯く少女の長い前髪を掻き上げる様に手を差し入れる

男の行動に少し驚いた様でトキヨは思わず顔を上げた



すると 見上げた先にはふわりと微笑むロイ



必然的に胸がキュ、となり 目 が釘付けになる…



二、三度トキヨの髪を梳く様に撫でてやると 
使った食器たちを片手に漆黒の彼は廊下へと姿を消した








キッチンへ向かいながらロイは早朝の事を思い返し 自嘲の笑みを刻んだ





 ( お互い秘密があるんだ…これで相子か )









見えない羽で消えない様に


そっと籠に閉じ込めよう…