あえて云うなら

小さな陽だまりに自然と微笑む





 < POKER FACE >





 「 なぁ 見たか? 」

 「 何が? 」


昼時 東方司令部の食堂では何やら軍人達が騒がしかった

 
 「 ほら マスタング大佐が連れてた例の… 」

 「 ああ!見た見た!小さくて髪の長い女の子だろう? 」 

 「 その子がさ、… 」


どうやら話題になっているのは司令官であるロイ・マスタングがナンパ
…いや、保護したずぶ濡れの少女の事だった


どんな理由かは知らないが濡れ鼠で右も左も解らない少女を不憫に思うのは
人として納得できるが そのまま司令部に居座らせるとなると話は別だ

大抵 一般人のちょっとした事などは憲兵司令部が主に活躍する事であって
軍部が直に担当する事は殆ど有り得ないし 身柄を司令部に直接置く事もない

特に野心家であるロイが謎だらけの少女独りに奮闘するなど
一体 誰が想像する事が出来るだろう…

そんな晴天の霹靂のような事に軍人達は興味を引かれたのだった

そんな話で盛り上がる食堂の厨房の入り口で壁に寄りかかってるのは
東方司令部の若き司令官とその部下のハボックの二人
彼らはその噂の的である少女の食事の完成を待つ間 謗らぬ感じで
繰り広げられる軍人達の下らない推理や話に耳を傾けていた



 「 やっぱ騒がしいっスね 」

 「 抛って置け その内に飽きる 」


上官の無関心といった応えにハボックはトレードマークの煙草を咥えながら
そうっすね、と軽く相槌を打つ


 「 大佐の隠し子とか色々と説がありますが どれが説得力ありますかね? 」

 「 あれが私の子なら11の時に誕生した事になるな 」

 「 はは そりゃいくら大佐でも無理っすね 」

 「 それはどういう意味だ?ハボック少尉…? 」

 「 いえ 別に…。 」


ハボックの話に少々 聞き捨てなら無いと云った感じで眉を顰めるロイの視線から
逃げる様につつ、と視線を外すハボック

じと目で部下に睨みを利かせると そこに厨房から声が掛かった


 「 お待たせしました 」

 「 ご苦労 すまなかったな 」

 「 いいえ それより早く持っていってやって下さいよ 
   腹空かして待たすのは可哀相ですから 」


と、笑顔で食事の乗ったトレーを差し出す気さくな料理長からそれを受け取るロイ
申し訳ないと云った笑みを浮かべ つと、踵を返し二人は話に夢中になっている
軍人達の中をすり抜けながら少女の待つ部屋へと向かった


 


**************************************
 





 「 …大佐 いつまであの子を置いとくつもりっすか? 」


少女の部屋まであと少しという所でハボックが突然 口を開いた 
そんなハボックにロイは立ち止まり後ろを振り返ると
いつにも増して何処か真剣な面持ちの彼が上官を見据えた
 
 「 いつまでっすか? 」
 
 「 随分と可笑しな事を云う 身元がハッキリするまでが筋だろう? 」


真面目な彼をふ、と微笑して流そうとするロイにハボックはめげずに問う


 「 そんな簡単な事件だったらわざわざ此処に置かなくても軍が管理する
   ホテルとかに泊めて憲兵に任せればいいだけの話じゃないんすか? 」

 「 それではまるで私が冷徹な人間と思われるだろう? 」

 「 心配なのは解りますけど このまま外に出さないんじゃ
   トキヨが可哀相じゃないっすか… 」

 「 … 」


流石の彼もハボックの沈んだその言葉には笑って返す事が出来なった


 「 そりゃ逆に目が届かないと良くないってのは俺も思いますよ?
   でも あのままじゃあ… 」


あのままではきっと…いつか微笑まなくなる

そんな不安が彼にはあるのだった

それはハボックだけではなく 他の面子も保護者であるロイも思う所で…

しかし ハボックが云う様に安易に少女から目を離すわけにはいかなかった

イシュヴァールの英雄だ、などと持て囃さす者が居る反面
東部の田舎者が軍のエリートである事を快く思わない者は少なくない
いつか蹴落としてやろうとその完璧なまでの男の化けの皮を剥すチャンスを
まるでハイエナの様に窺う不届きな奴らが居るからだ

もしも少女がそんな不届き者の手に掛かればどうなる事か… 

今現在の状況では哀れみだけでどうこうと云うのは困難だった


人情味のある部下に浅く溜息をつき ロイはハボックにいい聞かせた


 「 …私だって考えてはいるさ だが今は無理だ
   それはトキヨ自身が…一番理解しているはずだ 」

 「 ……そうっすね… 」

 「 さて 急がないと折角の料理が冷めてしまうな 」


何とか部下を納得させ 気分を新たに歩みを進めるロイ
ハボックもまだ少し浮かない様子だが 上官のそれに合わせる 



ようやく辿り着いた目的地の扉の前

監視役としている若い伍長に挨拶を済ませ
いざ、という時にロイがふいにハボックに声をかけた
「なんすか?」といつもの様に受け応えると


 「 もし トキヨの機嫌が悪かったらその機嫌取りはお前に任せるからな? 」


そうしてお得意の人の悪い笑みを浮かべるロイ
だが それは普段の厭味なものではないのは明らかで
ハボックはそんな上官に改めて感謝し その意を込めて敬礼する


 「 …、…イエッサー! 」

 
上官と部下のなんとも感動的なシーン


…で、あったのだが


 「 …だが、手は出すなよ。 」


と、さり気無く諸注意を述べる彼。
ハボックは「う゛…」と呆れ顔で固まるも
両手の塞がっているロイの代わりにドアを開ける

すると、これまたお得意のスマイルで「トキヨ」と少女の元へと歩み寄る
そして その後ろでハボックはドアを閉めがら内心…


 ( この人のこーゆー所はやっぱ尊敬できねー… ) 


と、自己反省していた。




その一方 この部屋の住人である少女は楽しそうに声を弾ませていた

…但し 相手をしていた同僚達は別のようだ


 「 大佐!今ね面白かったんだよ☆ 」

 「 大佐〜この子強すぎ…;; 」

 「 まだ一回も勝てないんですよ 」


と、何やら泣き言を零しているブレダとファルマン
テーブルにはトランプの山と五枚のカードが一人につき一組ずつ並べられていた

どうやらポーカーをしていた様でその面々の前に置かれたカードを見ると
確かに少女のカードは他の二人よりも上のポイントのものだった


 「 今日は馬鹿ヅキみたいねv 」 

 「 それは良かったな さぁ、そこを片付けたまえ
   でないと食事が出来ないだろう? 」

 「 はーい 」


明るいトーンで返事をして片付けるトキヨ その際に得意気に微笑みながら
鼻唄を唄う少女にロイも自然と笑みを口元に浮かべる 


 「 ずっとポーカーをしてたのか? 」

 「 ううん、最初は占い。簡単なやつでちょこちょこ遊んでた 」


片づけを終えたテーブルにロイは運んできた料理を置くと
そのまま少女の隣へとちゃっかり腰掛ける
それを傍から見る事しか出来ない部下達は面白くない、といった様子だ

 
 「 占いか 私の事を占う事はできるかい? 」

 「 うん出来るよ でも占いよりは一対一で勝負したいかな? 」

 「 この私に勝負を挑むか…手加減はしないぞ? 」

 「 望むところ 」


少女の宣戦布告に男は余裕の笑みでそれを受けた
鋭い火花が一瞬 散ったかと思うと次の瞬間には「いただきま〜すv」と
陽気な声を上げ 食事を始める少女

傍から見れば何ともコミカルなテンポの漫才の様だと何処からか
突っ込まれそうな風景である

だが そんな和やかな空気を醸し出す少女・トキヨのまだ幼さも垣間見える
その表情や仕草に彼らは何処か心を温めるのだった



 

**************************************




 
 「 じゃあ またね、トキヨちゃん 」

 「 はーい!お仕事頑張ってくださいね☆ 」


サボり癖の付いた上官と同僚たちを退去させるリザにヒラヒラ、と笑顔で
手を振るトキヨ


丁度 食事を終えてさあ、勝負!…という所で大佐を含める男達は
紅一点であるリザ・ホークアイによって各自の仕事へ戻る様にと云い渡された 


 「 中尉 俺達まだ休み時間残ってるんですがねー? 」


と、恐る恐る時計を彼女に見せるブレダ少尉
それに続きハボック、ファルマンもその正当性を訴えようと
仲良く「うんうん」と首を縦に動かす

…が、しかし


 「 貴方達はフュリー曹長に仕事を押し付けて作った分を差し引けば
   とっくに終わりよ?ブレダ少尉 」

 「 …;; 」


そう、今日は何故かいつにも増して仕事が多く 昼の休み時間を割いても
残業をせざる終えない様な状況だったのだが 彼らは此処の新しい住人が
気に入ったらしく何としても顔を合わせるべく 同僚を贄としたのだ


 「 あ、あれは曹長の心温か〜い気遣いで…;; 」

 「 そ、そうですよ!;; 」


 「 早く行きなさい。 」


 「「「 …イエッサー…。;; 」」」


男達の見え透いた嘘になど聴く耳を持たないと突き放すリザ 
常に崩させる事の無いその端整な面持ちは云い知れぬ威圧感を発しており
彼らは従うざるおえず 急ぎ足でその場を去っていった

それを見た上官は腕を組み 片方の手を顎に宛がう


 「 全くなっとらんな、あいつらは。 」

 「 その言葉そっくりそのまま大佐にお返しします。 」


貫禄ある彼に対し リザは難なくカウンターを決める
だが そんな事にめげる人間ではなく 「手厳しいね」と
笑って流してしまえるのだから困ったもの。


そんな日常茶飯事な会話の後 リザは自分の前を歩く男に尋ねた


 「 大佐 」

 「 何だ? 」

 「 大佐は何故トキヨちゃんに執着なさるんです? 」

 「 執着とは面白い事を云うね あの少女を傍に置くのはほんの興味本位だと
   前に云ったが…それでは不足か? 」

 「 …… 」


少女と初めて逢ったあの日 二人で買い物を終えて戻った時に状況の詳しい説明を
聞いた際にハボックと同じく「何故?」と彼女も尋ねた
すると彼は「御伽話が本当になるかもしれないだろう?」と
冗談めいた口調で煙にまいて逃げてしまったのだ
リザは彼を信頼している為 その場は何も云わずにいた

長年 連れ添っているのだからお互いにどの程度<隔たり>を置けばいいかは
黙っていても解る様になるようだ

それを考慮した上でリザが同じ様な質問をしてくるという事は
それだけ気がかりなのだろう…

ロイはリザに本心を云うべきか否かを平静を装いながらも迷っていた


 「 まぁ 私の元がどうしても不安というなら仕方が無いがね? 」


ワザとらしく肩を竦めてみせるロイ

そんな彼にリザは暫し視線を下げた

そして


 「 …不安がないといえば嘘になるでしょうが、ひとまずは頑張って下さい 」


その意外な返しに少し驚きつつも口元にいつもの笑みを作り 返答する 


 「 …どうにもイマイチ信用の無い事だな 」

 「 何もヤマシイお考えがないのでしたら気になさる事ではないかと…。 」

 「 君達が私をどう見ているのか少々 不安になってきたよ 」
 
優秀な副官の言葉に苦く笑うロイ

そうしている内にオフィスのドアが視界の先に見えてきた
この先に待つ事の憂鬱さが足取りが重くなっていくのを感じながら歩を進める

どうにかしてサボる方法はないものかと既に頭の隅で思考を巡らせていると…


 「 サボらずに早く済ませればそれだけ早くお帰り頂けますので… 」


的を射たリザの言葉にロイは思わず ギクリ、とした


 「 …;;君は人の心が読めるのかね? 」

 「 まさか ただ大佐の歩くスピードが若干 遅くなったので 」

 「 君の洞察力は大したものだな 」

 「 畏れ入ります。 」


些細な事も見逃さない鷹の眼
優秀すぎるのも時には困るものだな、と密かに苦悩する彼

そんな下らない事を巡らせている間についに辿り着いてしまった監獄の扉を前に
まだ何処か渋る上官をリザが最後の一括


 「 トキヨちゃんの為にも頑張って下さいね?大佐 」

 「 …解った解った、仕事に励もう。 」

 「 ご理解頂けた様で… 」


ようやく観念し 諦めてドアを開いてデスクへと歩を進める
リザはそれを確認すると静かに入室し ドアを閉めた


ギシリ、と黒い革張りの椅子に腰掛け デスクに積まれた書類を手に取り
軽く目を通す 
さっさとサインをしてしまおうとペンをへと手を伸ばす

すると 白い紙の上に一筋の細い線が無造作に引かれた

ロイは何も云わず それを手に取る 


 ( ……髪…トキヨのか? )


その色、長さから容易に想像が付いた


きっと部屋に行った時にでもついたのだろう、などと考えていると

 『 リザさん達を困らせちゃ駄目だからね〜☆ 』

先程 部屋に戻る時に見せたあの子供っぽい笑顔と
皮肉気味に云う少女の姿が脳裏に蘇った


 ( 人の苦労も知らずに… )


ロイは端整な眉を軽く顰め 心の中でポツリ、と愚痴る


その刹那… 



 「 トキヨちゃんですか? 」


彼女の言葉に思わず目を丸くし 声の主へと視線を向ける


 「 大佐が今お考えになっていた事です、トキヨちゃんの事なのでしょう? 」

 「 …何故そう思うんだ? 」


呆気に取られた事を隠す為に不敵な笑みで副官に問い返した
するとリザは少し間をもってから


 「 …お楽しそうですから 」


と、優しさを滲ませた瞳で静かに答えた 


 「 あの子をお連れになってから大佐は何処かお楽しそうにしています
   …お気付きではなかったんですか? 」


 「 … 」


ロイは言葉を無くした

つ、とリザの視線から逃げる様にデスクの書類へと向き直り 目を閉じる

そして小さく溜息を零すと…


 「 君の洞察力には感服するよ 」


参った、といった風にロイはリザへと苦く笑う

リザは「畏れ入ります」とわずかに会釈する



 ( 小さな水の使者 君の事になると少し不器用になるようだな… )



ロイは頬杖をつきながら少女の髪を指で一撫でし そっと床へと落とした




髪が触れていたところだけが

酷く温かかった…