特別とは違う
でも 普遍ともいえなくて…
< ONLY…? >
のんびりとした陽気が広がる昼下がり
東方司令部の一室で何やらものすごい勢いで書類と格闘する少女
カリカリカリ、とペンを走らせる音があるところでピタリ。と止む
…と。
「 …はい!これで終了!! 」
これまた勢いよくテーブル向かっていた上体を起こし 大手を広げて大きく伸びた
そのすぐ脇で少女の働きを見守っていた男はテーブルに広げられていた紙達を集め
一枚ずつ それらに目 を通していく
「 住民登録、国籍証明、入国手続き… 」
「 もう無いでしょ〜? 」
男の発する単語に頭がクラクラしそうな錯覚に襲われながら用事が済んだ事を
疲れ切った声で確認するトキヨ
「 …うん、その様だな ご苦労だった 」
「 ふえ〜〜…しんどかった…;; 」
一通り確認するとロイはその書類をトントン、とテーブルの面で揃え 少女を労う
元々 ものを書く為に使用するテーブルではない為 二つ折りになりながら
作業をしなければならなかったその疲れは倍 とも云えよう…
その為 少女は彼のその言葉に一気に脱力した
…が。
「 後は整理して君がきちんと暗記をしてくれれば何の問題もないわけだ 」
「 えー?!暗記ってアンタ!!!;;; 」
「 頑張りたまえ。まぁ自分の事だから解らないなどという事は
一切無いだろうがな 」
( ……悪魔だ… )
何とも輝かしいスマイルで無理に難題を迫る彼はトキヨにとって正に悪魔と云える
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「 …疲れた… 」
鳥の囀りや軍人達の働きが耳に届く中 トキヨは本 棚の上に座って
開け放った窓辺に頬杖をついて空を眺めている
先程 記入を終えた書類を手に自分のオフィスに戻るという家主は帰り際
『 ご褒美にお茶にお供をつけてあげよう 』
と、いって去っていった…
「 なぁにがご褒美だよ、ガキ扱いしやがって… 」
トキヨはふざけた家主の悪態をさらりとした風に愚痴りながらも
早くお茶が来ないか、などとぼ んやり考えていた
そんな折 トキヨはふとする
「 …ガキ扱い、か… 」
確かに自分はまだ齢18で成人とはまだ呼べないが幼くもない
それに彼からすれば十も年が違う その分 人として重ねた経験は多く
普段見せている彼からは想像もつかない様な尊敬する部分もあるかもしれない
だが
「 いくらお人よしでも…これはちぃ〜っとやりすぎだよね。 」
宿無しの子供を保護し 世話役を引き受けるまでは納得できるが…
自分の権力を使い 偽造の書類をいくつも用意するのは些か戴けない話である
コンコン
頭の中に疑問が浮遊する中 来客が来たようだ
「 はーい どちら様? 」
「 私よ 」
「 はーい! 」
その声にトキヨはぱぁっと表情を輝かせ ドアへと走った
「 こんにちわ リザさん! 」
「 こんにちわ トキヨちゃん 」
「どうかしましたか?」と、聞く前に彼女が手にしているティーセットと
彼が云っていたお供が目 に入り トキヨはちらり、とリザにアイコンタクトを取る
それに対してリザは静かに笑顔で応えた
かくして沈黙の会話は無事終了。
「 …ところで云いだした本 人は? 」
「 大佐なら執務室に押し込めてきたわ 」
優秀な中尉殿がテーブルに慣れた様子で準備をする中
またか…、といった面持ちで少女は深〜い溜息をつきながらソファーに腰掛ける
「 あやつの仕事に関する「心配は要らない」て、どこまで信用できる? 」
「 戻るのが遅いからどうしたのかと思ってはいたけど…
また 大佐はそんな事をいったの? 」
「 そ。書く事が解れば居る必要ないのにさ 全く、人をサボ るダシに遣うの
やめて欲しいよ 」
「 ふふ、トキヨちゃんの方がよっぽどしっかりしてるわね 」
「 でしょ?☆ 」
尤もらしく話す少女にクスクス、と微笑しながら同意するリザ
「 そうね 確かに仕事が疎かになるのは困るけれど… 」
「 …ん? 」
「 それでもトキヨちゃんに構っていたいのよ あの人は 」
突然の言葉にトキヨは思わずフリーズし 言葉に詰まってしまった
「 …からかうの間違いでしょ? 」
「 悪い意味じゃないわ ああ見えて仕事は以前より速くこなしているのよ?
なるべく帰りが遅くならない様に、トキヨちゃんの顔が覗ける様に、ね 」
「 …様子を見に来るのはともかく、俺が手間取らせた分 急いでやらないと
間に合わないっていう理由が第一でしょ? 」
少女の冷静な返答にリザは表情を雲らせる
「 大佐 家にまで仕事持ち込んで夜遅くまで作業してるのに朝は絶対
俺よりも早く起きてご飯作ってる…
交代で作る、って云ったけど「日課になってるから気にしなくていい」
なんて云って聞かなくて… 」
「 なら、気にしなくていいのよ 」
「 そんなんで納得出来るわけ無いよっ、これで倒れられでもしたら
それこそ凹むし… 」
リザのフォローも空しく少女はそれ以上を口にしようとせず
俯いて膝を抱えてしまった
「 … 」
「 トキヨちゃん… 」
「 ねぇ、リザさん 俺ってアイツの何なの? 」
少女が顔をあげた瞬間 不安に揺れる瞳がリザを貫いた
リザは向けられた視線を逸らす事無く 無言で両の琥珀に少女を映す
そして―――
「 それは私には解らないわ 私はロイ・マスタングではないから 」
彼女は真っ直ぐにそう告げた
下手な同情やらはこの少女には無益なものだから…
告げられた少女は視線を下ろし ゆっくりと薄い瞼に瞳を収めた
「 …ん、そだね。ゴメンなさい変な事云って… 」
一息置いて再び見上げてきた少女は申し訳なさそうに微笑んできた
リザはそんなトキヨにやんわりと目 を細める
「 いいのよ謝らなくて、何も悪い事なんてしてないんだから 」
「 へへ…リザさんにはこんな役回りばっかだね 」
「 ? 」
言葉を汲みかねて首を傾げるリザにトキヨはにこにことしていると
「 駄々をこねるガキをあやすオネーサン役☆ 」
途端に悪戯に成功した子供の様にニカ☆と笑った
「 あら、トキヨちゃんは大人でしょ?少なくともあの人よりは。 」
「 ん〜…かもね☆ 」
リザはその様子に安心しつつ にこりと少女に習って笑顔で返す
ようやく朗らかになった場の雰囲気にふわりと柔らかい風が窓から運ばれる
それに混じって微かな紅茶の香りが少女に届き 彼の差し入れの存在を思い出させた
「 …ん。おいしv 」
一口サイズのチョコを口の中で転がしながら頬を緩める少女は傍から見ても
いかにも幸せそうである
「 口に合ってよかったわ トキヨちゃんはチョコレートが好きなの? 」
「 うん!だぁ〜い好きvv 」
「 そう、なら帰りに持たせてあげましょうか?まだあるから 」
「 え?いいの? 」
「 ええ 」
「 やた☆リザさん大好きv 」
「 ふふ、ありがとう 」
心優しい彼女の気遣いにトキヨは心からの感謝と好意の意を込めて
お得意の台詞をリザに贈った
贈られた本 人は大体がいつも「何だソレ?」といった風に返してくるのだが
リザはすんなりと「ありがとう」と返してくれた
トキヨはその事にも嬉しく思うのだった
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「 じゃあ そろそろ戻るわね 」
「 うん ゴメンなさい忙しいのに… 」
「 大丈夫よ またね 」
「 うん! 」
あの後 他愛無い話をしていたが、リザがロイの様子を見に行く為
中座する事となった
ドアを開け 敷居を跨ごうとしていたのだが ふいに
「トキヨちゃん」と少女の名を呼ぶ
「 はい? 」
「 さっきの話…大佐がトキヨちゃんをどう思うかは私には解らないけど
でも、トキヨちゃんはトキヨちゃんよ 他の誰かでは有り得ないわ 」
「 うん… 」
優しい彼女は穏やかな笑みを少女に向け 静かに去っていった
「 ……ふぁ〜あ。さて、一眠りしようかな? 」
残された少女はまた一人 退屈な時間を過ごす事となった
だが、今日のところは機嫌よく待っていられそうだ
彼が寄越した素敵なお供が一緒だから…