ただ 護りたかった…





< INNOVATION >






イーストシティからセントラルへと向かう列車の中
珍しく私服のハボ ックが向かいの席で寝ている少女に声をかけた

 「 トキヨ…トキヨ起きろよ 」

 「 うー…ん… 」

 「 もうすぐでセントラルだ 」

 「 ふえ〜…。 」

ハボ ックに起こされ 眠い目 を擦りながら列車の車窓へと目 を運ぶ


しかし何故 二人が列車に乗っているかというと…



 『 大佐…今、なんて…? 』

 
 『 ヒューズが君に似たミツキという少女に逢った、といったんだ
   何だ、その名に憶えがあるのかね? 』

 『 、…別に…ただ知り合いの名前と一緒なだけだ… 』

 『 ほぉ“"偶然”とは怖ろしいな 』

 『 …俺を試してるの? 』

 『 おや、何のことかな? 』

先程から挑発的な態度を取る男を少女が軽く睨んだ

すると、ノックが聞こえ…

 『 失礼します 大佐、セントラル行きのチケット用意できました 』

 『 ! 大佐…?! 』

トキヨは入ってきたリザの言葉に驚き 思わず声が大きくなった

 『 …どうせ強請ったのだろう? 』

何とも云えぬ不敵な笑みの彼に少女は負けたと云わんばかりに
ソファーへと脱力した

 『 …はぁ…用意の宜しいことで。 』

 『 私は気が利く男だからな… 
   さて、帰ったら明日の準備をしなさい。早い時間の方がいいだろう? 』

 『 ちょ、ちょっと待ってよ!まさか一人で行けって云うんじゃ…!;; 』

 『 まさか。ホークアイ中尉が付き添ってくれる安心しなさい 』

 『 リザさんは駄目 。 』

 『 …。 』

光の速さで駄目 だしされた提案者はおろか付き添うはずの
リザも少女の言葉に眼を丸くした

 『 トキヨちゃん? 』

 『 ゴメンなさい、リザさんが嫌って訳じゃないよ?
   ただ、リザさんが居なくなったら大佐サボ るかもしれないでしょ? 』

 『 …だそうですが。 』

 『 中尉… 』 

尤もな意見だと同意しそうな彼女に眉間にしわを寄せるロイ

そんな時に

 『 あれ?どうしたんすか? 』

開けられたドアから顔を覘かせたのが<彼>…。

 『『『 …。 』』』

 『 …なんすか? 』




トレードマークの煙草に火をつけながらハボ ックは車窓の遠くを見渡す少女を
先の事を思い返しながらぼ んやりと見つめている

 「 突然「休暇をやる」なんて云い出すから何かと思ったら
   トキヨの護衛としてつけられるとはな… 」

 「 素晴らしいタイミングで現れちゃったからねー
   ま。ここまで来ちゃったんだから諦めてくださいな☆ 」

そうしてにっこりと微笑む少女が運んできた休暇、もとい仕事だが
ハボ ックとしては嫌なものではなかったらしくすんなりと引き受け 今に至る





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 「 うわぁ〜…イーストの駅も立派だけど流石はセントラルだね 」

駅に着くや否やトキヨはその造りを大きく見渡した

 「 そりゃそうだろ。ここはアメストリスの核みたいなもんだからな 」

 「 へー………あ。 」

 「 ん? 」

好奇心豊かな子供の様に目 を煌かせていた少女がピタリ。と動きを止めた
ハボ ックがその視線の先を見やると「ああ」と納得した様子で声をかけた

 
 「 アームストロング少佐 」

 「 お〜!ハボ ック少尉! 」


声を掛けられたソレはその大きすぎる体躯と明らかにギャップのある
ピンクのキラキラを周囲にばら撒きながら笑顔で出迎えてくれた


 ( ははぁ〜…出たよオジサマ…。 )


そう、彼はいろんな意味で有名な豪腕の錬金術師 
アレックス・ルイ・アームストロング少佐である。
「オジサマ」と云うのは光稀との間の愛称で光稀は彼のファン…かな?(笑)


 「 お待ちしておりましたぞ!
   そちらの方がトキヨ・カサイ殿ですかな? 」

 「 あ、はい 」

 「 お初にお目 にかかる
   我輩はアレックス・ルイ・アームストロングと申します 」

 「 はは、ドーモ…。; 」

二メートルはあろう彼はその巨漢に比例した大きな手を
キラキラの笑みと共に差し出してくれた
悪い人ではないのだが…キラキラオーラが少々苦手なトキヨは苦く笑う

 「 迎えがあるとは聞いてたんすが少佐だったんすね 」

 「 うむ、ヒューズ中佐もご一緒の筈だったのだが所用がありましてな…
   その代りトキヨ殿宛てにこちらを預かって参った 」

「どうも」と小さなメモを少佐から受け取るとハボ ックが覗き込んできた
トキヨがこの世界の文字を読めない事を大佐から聞いていた為である

 「 えーと…シューハット通りの辺りで見たんだとさ
   確かそれだとこの近くのはずだ 」
  
 「 ほんと?! 」

 「 ああ とりあえずまだ時間もあるし
   まずはホテルへ荷物を預けてからゆっくり探すか? 」

 「 うん! 」

 「 では、こちらへ 」

話が纏まったところで少佐が車へと案内する

すると見慣れた軍専用車の前にこれまた見慣れた顔が二つ…


 「 中央司令部のマリア・ロス少尉です 」

 「 同じくデニー・ブロッシュ軍曹であります 」

ピシッと敬礼で迎えてくれた彼等は少佐の部下で
人当たりもよくとても息が合った二人である

 「 東方司令部のジャン・ハボ ック少尉です、お世話ンなります 」

表面上が休暇な為、私服ではあるが咥えた煙草を取り 
シャンと敬礼をするハボ ックに感心していると彼に「挨拶をしろ」と
背中をそっと押された 


 「 えっと、トキヨ…トキヨ・カサイです…/// 」

 「 トキヨさん、ね…セントラルへようこそ 」

 「 ありがとう…! 」

優しく微笑みながら差し出された手をトキヨははにかんだ様子で取った





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六人乗りの少し大きめな車に乗り込み宿泊先のホテルへと向かう道中
二人の向かい座る少佐がトキヨへと話かけた

 「 マスタング大佐からの話では何でもご友人を探しに来られたとか… 」

 「 あ、はい…聞いた限りだと多分そいつに間違いないんですが… 」

 「 何という方ですかな? 」

 「 はい、ミツキっていう同い年の女の子なんですけど 」

と、名前を出した途端―――


 「 のお?!ミツキとはもしやあのミツキ殿のことでは?!! 」

 「 え!?知ってるんですか?! 」


とんでもない勢いの少佐に気おされるハボ ックとは違い 
トキヨは思わず身を乗り出した


 「 うむ。先日我輩の姪の危機を救って下さった心優しき方だ
   あれこそ真の錬金術師の姿である!! 」

 「「「 …;; 」」」

感動の涙と共に大輪のバラをバックに咲かせる少佐に引き気味な軍人三名


だが、その中で神妙な面持ちなのがひとり…


 ( 錬金術…つーことはやっぱ光稀も“アレ”を見たって事か… )


この世界へ来る為に通らなければならない<扉>
その中にある“あの光景”をあの優しい友人も目 の当たりにした


でも だからこその力―――…


 「 …ま、まぁ真の錬金術師かは解らんが面識があるなら話は早いや
   少佐 その子の居場所はわかりますか? 」

 「 うむ!すぐに案内しよう 」

 「 お願いします…! 」






その数十分後…




 「 … 」


トキヨはホテルの部屋で打ちのめされていた。

少佐に案内されたホテルには間違いなく光稀がいたが…


 『 申し訳御座いませんがテンドウジ様は今朝方お連れの方と
   チェックアウトなさっておりまして… 』


…と、一足違い。


 ( あーあ…折角逢えるチャンスだったのに… )

気落ちしたトキヨはベッドに横たわりながら枕を抱きしめて
ぼ んやりしていると“あの男”の言葉が頭を掠めた


 『 セントラルに着いたら連絡を入れなさい 』


一瞬ムカッ!、となったが…この小旅行を用意してくれた事には
やはり感謝しなくてはいけないのだろう…


 「 ……はぁ…しゃーない。 」

のっそりと起き上がり 電話をかける為にロビーへと降りていった




 『 はい、東方司令部です 』

二、三度のコールの後に電話交換手の声からの応答が来た

 「 すみません マスタング大佐をお願いします。コードは… 」

コードを読み終え「少々お待ちください」と云われ その通りに待っていると


 『 …私だ 無事にセントラルには着いたかね? 』 


何時間ぶりであろう家主の声が耳に届く

そのまま素直に現状を穏便に伝えればいいものを…

 「 ええ着きましたとも。そんで速攻で居場所が解って行ったら
   すでにその方は帰郷してました!はいっ見事に無駄足!
   家主様のお心遣いも無駄にしてしまいました!すんませんね! 」

と、昨日からの怒 りが復活し 喧嘩腰で報告をするトキヨ

こんな態度を取った日には親に「そんな云い方はない!」と屡怒 鳴られた
きっと彼からもそんな声が来るだろうと思い 身構えていたのだが…


 『 …そうか…残念だったな 』

予想は大きく外れ 怒 られるどころかその逆…


 『 まぁ人生においてすれ違いなんて多々ある事だ そう落ち込むな 』

 「 誰が…落ち込んでるよ… 」

 『 少なくともその声は機嫌のいい声ではないだろう? 』

いつもよりも何処か優しい含みを帯びた声音で話してくれるロイ
棘棘しい自分に対し まるで慰めてくれている様で…


 「 ……ゴメン… 」


子供の様な自分が恥かしく思えた―――…


 「 ごめんなさい…俺、昨日からロイに当たってばっかで… 」

 『 トキヨ 』

 「 ゴメン… 」

先程とは裏腹に急にシュン…となった少女の様子にロイは
話すきっかけのためか、「ふぅ」と小さく息をついた

 『 …やれやれ、珍しく君がしおらしいから仕事をする気が失せてしまった 』

 「 …いや。やれよ。 」

 『 ははは、冗談よ 』

…どうしてこの男は感心したりするとすぐに急降下させるのだろうか
まぁそこが彼の茶目 っ気ととるしかないのだろうが…

半ば呆れつつ 仕事を催促しようかと迷っていると「トキヨ」と
彼の呼ぶ声が先に掛かった

 「 ん?なに? 」


 『 …昨日の事 私からも謝罪する、すまなかったな 』


そう云われ、すっかり忘れていた事の次第を思い出す

だが…


 「 …アレは…いいよ……/// 」


 『 ? 』

 「 〜っなんでもない!明日には帰るから、じゃね!/// 」

自分の言動に慌てて早口で電話を切るトキヨ
その頬はほんのりと朱がさしている

その理由は…


 ( ほんの少し嬉しかったなんて…云えるかってんだ…/// ) 


夢ではない現実で一番愛しい人の腕に一瞬でも抱かれた
あんな状況でもなかったらきっと時が止まってしまえとまで思ったろうに…





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 「 あれが国立中央図書館? 」

 「 ああ。んで、あっちに見える建物が軍法会議所。 」


電話を終えた後 トキヨはハボ ックに連れられて中央の観光をする事となった

友人探しが空振りになったからにはこれはもう<仕事>ではなく
立派な<休暇>になったのだからと日が落ちるまで色んな所をまわっていた

そして その延長で着いた当初は逢えなかった情報提供者のヒューズに
逢いに行こうということになったのだ 


此方に来てから久々の顔合わせの嬉しさに自然と足も速くなる

 「 ヒューズさんいるかなぁ☆…………ん? 」

建物の入り口が目 に入るとその先に誰かが走っていく様な影がちらついた

 「 どうした? 」

 「 …ううん、なんでも。 」

とくに気にする事でもないとハボ ックには云わず 
少女は無邪気にハボ ックの手を引き 入り口へと向かう

だが…


 「 …おい、コレ… 」


遠目 からでは解らなかったが建物に近づくにつれてインクの様な
後が入り口から外へと続いていた

 
だが それはインクではなく間違いなく人間の血液である

足元に気を配っていると建物の中から誰かが走ってきた
 
 「 中佐!ヒューズ中佐は?! 」

 ( …この人確か電話の…… )

ウェーブが掛かった短い髪に事務の徽章をつけた軍服の女性

彼女の様子から何かひっかかるものがあったが…


 「 ―――ッ! 」


次の瞬間 それが確信に変わり 先程走り去った影の方向へと
トキヨは全速力で走り出した


 「 あ、おい!トキヨ!! 」

ハボ ックの声も聞かずトキヨは残された血痕を頼りに
ひたすら走った



走って走ってこれから起こる事を思い出した



あの日…

俺がロイ・マスタングに想いを寄せるきっかけになった

あの人が初めて涙を見せた日



あの人の大切な親友が殉職してしまう日―――



 ( ――ッ何が<別れの儀式>だ、ふざけやがって…!! )






 「 はぁ…はぁ…ッ 」


滅多に全速で走ったりしない為にスタミナはあっという間に切れた

鼓動の速さが鼓膜を伝わり 咽が焼ける様で血の味がじわりと滲んできた


 「 …おい!一体何なんだよ?! 」

遅れてハボ ックが息を荒くしながらトキヨに問いかけるが
ある一点を見つめたまま応答は無かった

 「 …銃持ってるなら構えて… 」

 「 あ?…、て、オイ!! 」

漸く紡がれた言葉からは望む返答は無く 気づけばまた目 の前で走っていた


 「 〜〜っ!なんだってんだよ!!(怒 ) 」









 「 ……なんだってんだ畜 生 夢でも見てるみたいだ… 」


少女が向かった先 そこにはシナリオ通りの光景があった
ロス少尉がヒューズに銃口を向け 不敵に微笑んでいる

あの光景が…


 「 そうだね 最高の悪夢を見てもらおうかな 」


だが


 「 ?! 」


突如 鋭く尖った地面がロス少尉を目 掛けて飛び出してきた

彼女はそれを難なくかわすと自分を狙った当人が居るであろう
その場所を睨みつけた

すると 


 「 ヒューズさん!! 」


 「 トキヨ?お前…! 」


声の先には紛れも無いトキヨの姿

驚くヒューズに駆け寄るとすかさずトキヨは彼を護る様に
ロス少尉の前に立ちはだかった
その直後 対峙したロス少尉がそっと口元に笑みを浮かべると
意外な言葉を口にした


 「 誰かと思ったら東方司令部のお嬢さんじゃん 中央に来てたんだ? 」

 
 「 エンヴィー…! 」


 「 あれ?僕の事知ってるんだ?もしかして鋼のおチビさんから聞いた? 」

「じゃあこんな格好する必要ないか」と見る見るうちに
その姿はロス少尉から人造人間である嫉妬のエンヴィーへと変わった

 「 …そんな事どうでもいい…早く消えて… 」

 「 そうはいかないよ、とりあえず仕事だからやらないと五月蝿いし…
   邪魔するようなら君も殺すけど? 」

 「 トキヨ!中佐! 」

険悪なムードの中 ハボ ックが所持していた銃を構えながら現れた

しかし そんな事に動じる彼ではなく一本 指を立てると
「…そこの彼も、ね?」と挑発してくる

そんな残酷に哂うエンヴィーをギッ!と睨むと
トキヨはパン!と両の手を合わせ 地面へと押し付けた
すると練成反応の光が起こり ゆっくり手を持ち上げると
それに合わせて一刀の太刀が姿を見せた 

 「 あっはははは!そんな鉄切れで何するの?僕を殺す? 」

楽しそうに目 を細めるエンヴィーを前にトキヨはス、と目 を閉じ
右手に握った太刀を握り締める


 ( …こんなの、ただの悪足掻きかもしれない……でも… )


カッ!と目 を開いた刹那 トキヨは迷わずエンヴィーに刃を向けた


   
 「 誰も殺させない…!もう…誰の涙も見たくないッ!! 」



迷いのないその眼にあるのは殺意ではなく ただ護りたい想いで…



そんな少女の視線を受けていたエンヴィーだが
何を思ったのか大きく溜息をつくと…


 「 ………はぁ…僕、喧嘩嫌いなんだよね。 」


後頭部を摩りながらトキヨに背を向け 歩き出した


 「 あーそうそう。さっき君を殺すって云ったけど勿体無いからやめね
   扉を開けられたんなら君も大事な人柱候補だから 」

思い出した様に顔だけ向け 用件を話すと「またね?」と哂い
中央の夜の闇に消えていった…





彼の気配が消え 張り詰めていたものが途切れた瞬間―――



 「 ………は… 」


突然トキヨが崩れる様に倒れた 
それを咄嗟に受け止めるヒューズ

 「 おい!トキヨ 」

 「 トキヨ!中佐! 」

構えていた銃をしまうとハボ ックが二人に駆け寄ってきた

その時


 『 …私だ、娘に自慢話なら聞かんぞ! 』


 「 ! 」

ヒューズが背にしている電話の受話器からロイの声が響いた

彼はトキヨをハボ ックに託すとその受話器を取り 耳に当てた


 『 ヒューズ? 』

 「 …よ!ロイかぁ!呼び出してワリィが急用が出来ちまってもう切るな
   あ、電話交換手から何か云われたらお前さんを呼び出す口実だって
   伝えてくれ 脅かしちまったから。じゃーな! 」

 『 何だと?!おいヒューズ! 』

普段となんら変わりない様に平気なフリをしてその勢いのまま
相手の返答は聞かず ヒューズは電話を切った

ゆっくりとボ ックスから出てくるヒューズは足元に落ちていた
家族写真を拾い上げるとそっと胸ポケットにしまった

 「 トキヨは大丈夫か? 」

 「 あ、はい怪我はないみたいっすけど… 」

ぐったりとしている少女は息が浅く 額に汗を滲ませている

おそらく極度の緊張からの反動であろう
辛うじて意識はあるが立つ事も出来ないほど疲労している

 「 …行くぞ… 」

静かに云う彼と共にハボ ックはトキヨを抱きかかえ その場を離れた…