今は嘘で塗り固めた

この< 繋がり >を護りたい






  < Bitter Lie > 






 『 とき〜!元気してる?ちゃんとご飯食べてる?増田と仲良くやってる? 』



ちっぽけな電子機器を通して聞こえるのは

ただ一人の理解者の声


 「 質問多い!つぅか最後のは何なんだ!! 」


こんな他愛のないやり取りも一時はもう叶わないものと思った


先日ミツキから掛けられた電話によって奇跡の復活を遂げた愛用のケータイからは
元の世界とも変わらない元気な友人の声が送られてくる

あちらでの列車事故をきっかけに此方の世界の別々の場所に飛ばされてから
安否を気に掛けていたのだが…意外にも簡単に連絡が付いたのだった



 『 ではでは…早速ですが、惚気タ〜イム! 』

 「 早いな 」
 
 『 だぁって〜、わんこ可愛くて可愛くてvvv 』

 「 はいはいはいはい 」


電話口の向こうでニヤけているであろう友人の言葉に
半ば呆れつつ 耳を傾ける

これは二人にとって本当にありふれた事

しかし 今ではこのひと時が一番 安心するのだと
トキヨはしみじみと感じている



一通り 惚気話が終わり 今度は仕事の話へと変わった
いつか 歌を披露したと聞いたからきっとそれだろう


 『 今 洗濯物取り込んで終わったんだけどね
   今日 初めてお仕事するの〜!なんか緊張する〜! 』

 「 ふぅん…いいわね 俺なんか籠の中の鳥ですからね〜 」

 『 あら〜増田ってば…vv 」


その思わせぶりな言葉に少々 カチン!として


 「 変な意味に捉えんな馬鹿っ!!切るぞ!? 」

 『 あっはっは〜☆ごめんごめん!切んないで! 』


どうにも誠意が感じない相手に眉間にしわを寄せつつ
トキヨは溜息をもって話題を転換した


 「 はぁ…で?あんた早速体当たりしたの? 」

 『 何が? 』

 「 何がって…あんたいつも<わんこに逢えたら彼女になる>
   つってたじゃないの 」


随分抜けた返しに突っ込むと「 ああ… 」と先程の勢いが
嘘のような歯切れの悪い声が返る


 『 なんか、それが出来たら苦労しないっていうか…
   ごめんなさい 無理です 』


と、らしくもないきっぱりとした諦め姿勢のミツキの返答
それを見逃さずに不敵な笑みを浮かべる


 「 はぁ〜ん…あんたって本人前にして怖気づくタイプなんだ〜 」

 『 はい、そうなんです… 』

 「 …そっか〜。ま、頑張んなさいな 」

 『 えっひひ… 』


このまま小突くと一寸法師になるんじゃないかと思い 
トキヨはパタリ、と話を伏せた

……が、最後の一撃に。


 「 それと…お犬様と仲良くなるのはいいけど
   あんたはそれでいいの?あんたには<あの人>がいるんじゃない? 」

 『 あ、それは云わないで…… 』


その困り様にフフン♪、と勝ち誇った様に微笑む少女はふと時計に目をした
すると< 彼 >が提示した時刻が迫っているではないか


 「 は〜いはい…そろそろ本当に切るね 帰ってくる時間だから 」

 『 はぁい 』


ミツキの声を最後にそれを耳から離し ピッ、とボタンを押す

そして服のポケットへと隠すとソファーの背に力無く身を預け
ぼんやりと蛍光灯が光る天井へと呟く


 「 仕事かぁ…俺も何かしようかな…? 」





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 「 ……なに? 」


思いがけない言葉にロイは思わず聞き返した


やっと書類地獄から解放され 夕食の買出しでも、と足を向けたロイ
その隣をトキヨが歩いているのだが… 


 「 …仕事がしたい、か…また急な事を云うね 」


肩を竦め 困ったと云う様な笑みを見せるロイにトキヨは
どうにか聞いてもらおうと懇願する 


 「 何でもいいの!だから… 」


 「 駄目だ 」


たった一言であしらってしまう彼

ロイの言葉にムッとして早歩きで彼の前へと行き 立ちはだかるトキヨ


 「 どうして駄目なの? 」

 「 必要が無い。金銭的に気にしているのなら誤解だよ
   私の気まぐれで好きにやっている事だ 気にしなくていい 」

 「 でも…! 」

 「 身元がはっきりとしていない君を誰が雇う? 」

 「 、…それは… 」

 「 今は記憶を取り戻す事だけを考えろ 」


「 いいな? 」と、俯いてしまった少女に優しい声音と共に
その小さな肩へと手を置くロイ
その温もりを辿り 顔を上げると柔和に微笑みながら此方を見る漆黒の瞳


彼は見ず知らずの自分を助けてくれた

その上 傍においてくれた 

そんな彼にトキヨは ただ素直に頷く事しか選択肢は無かった


 「 ……うん… 」


 「 いい子だ…さぁ今日は何が食べたいかね? 」


ふわりとした微笑みを浮かべ ポン、と軽く肩を叩き 歩き始める彼
その歩調に合わせてトキヨも歩みを進める





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トントントントン

軽やかな包丁の音がマスタング邸のキッチンに響く


 「 サラダはこんな感じでいい? 」

 「 ああ 持っていってくれ 」

 「 はーい 」


買い物を終え 帰宅すると早速 夕食の準備に取り掛かった二人

実はこうしてキッチンに二人並んで食事を作るのはこれが初めて…

というのも毎度の誰かさんの残業の所為で時間が遅い為に
レストランで済ます事になっていたからである。


 「 さて、後はこれだけか… 」


と、流しに転がしてあった褐色の野菜の皮を剥いていくロイ
そこに丁度のタイミングでトキヨが戻ってきた


 「 はい 後は何? 」

 「 これだけだ 」

 「 … 」
 
 「 さぁ頑張りたまえ 」


皮を剥き終えたソレをまな板の上に置き にこやかに少女を待つ彼

その物体は誰でも一度は涙したであろう恐怖のタマネギ。


 「 …ここは年長な貴方様が 」

 「 何を云う レディーファーストだろう 」

 「 涙腺弱いからパス 」

 「 ほお…君の涙か、是非に見たいね 」

 「 …てめぇでやれ。 」

 「 こらこら口が悪いな なんなら私が手取り足取りエスコートしようか? 」

 「 結構です 」


紳士の様に手をとる彼を追い払うとトキヨはムッツリとしたまま
包丁を握り それを刻んでいく
その度になんとも瑞々しい音が聞こえ その数秒後 
鼻がジン、としてきた思ったら案の定 目の前が霞んできた 


 「 うえ〜…イタイよぉ…(涙) 」

 「 ははは 何せ新鮮なものを選んだからね 」

 「 最低〜…ずび… 」


文句を云いながら泣き泣き作業をする少女をロイは傍から楽しそうに眺める
それに腹立てながら何とかタマネギ地獄を抜け出たトキヨ
すると すぐさま流しの蛇口を捻り バシャバシャ、と顔を洗う


 「 ご苦労だったね 助かったよ 」

 「 ぐぅゥ……全く酷い仕打ちだわ…(怒) 」

 「 カレーがいいと云ったのは君だろう? 」

 「 確かにそうだけどさ…コレくらいはやってくれてもいいでないの! 」

 「 はは 大の男が女性に涙を見せるのはカッコ悪いだろう? 」


顔を洗い終えたトキヨにタオルを差し出しながら言い訳をするロイ
だが その言い訳は彼女にとっては冗談にも聞こえなかった

そして思わずポツリ、と


 「 …リザさんには見せたくせに… 」


 「 ん?何か云ったかい? 」

 「 なんでも…さっさと火にかけてよ遅くなるでしょうよ 」

 「 ああ わかったよ 」


そういうとなべの中に具と水を入れ 火にかけ始めた

そんな彼に背を向け 渡されたタオルを洗い場へと持っていった





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洗い物のかごの中にそれを抛ると小さく自嘲した


 「 …馬鹿か、俺は…ヤキモチなんてもう焼かなくていいのに… 」


彼に心を寄せるきっかけになったのは…あの人の涙だった


いつも気丈としている彼が親友の為に涙したあの時
その傍には< あのヒト >がいた

彼の右腕的存在
彼を支えてくれて 解ってくれて 信じてくれて嬉しいのに…

でも それは時に嫉妬に変わる


自分では手が届かないから
どんなに愛しく想っても伝わらない事がもどかしかった…


でも 今は違う…


 「 絶対に振り向かせて見せるんだからね…! 」


ぎゅっと拳を握ってそう自分に言聞かせるトキヨ

そこにキッチンから声がかかった


 「 トキヨ すまないがコーヒーを淹れてくれ 」

 「 はぁい!今行く〜! 」


気を取り直してパタパタと小走りで家主の元へと向かう




 「 お待たせ 」

 「 今 火をかけたばかりだからな、ゆっくり待とう 」


ロイはそういうとなべの蓋を閉め 早速マグカップの準備をしていた
トキヨといえばコーヒー豆の入った瓶やらを揃え それらをカップに移す

するとタイミングよく同じく火にかけていたポットが啼き 火を消す


 「 ねぇ ココアってどこ? 」

 「 ん?これだが…コーヒーは飲まないのかね? 」

 「 違うよ コーヒーに入れるの。 」


今日の買出しの時にトキヨが強請ったココア
それをロイから受け取り 少女はそれを一掬いしてそれぞれのカップに入れる


 「 こうするとまろやかになってね、結構おいしいんだ☆ 」

 「 ほお…それは楽しみだね 」


コポポ、と沸騰したての湯をカップに注ぎ スプーンでかき混ぜてから
テーブルへと運び それぞれの席につく


 「 では 頂こう 」 


ス、と手に持ったカップを翳すロイに「 どうぞ 」と少女は軽く会釈する

彼はそのまま飲まずに軽く香りを楽しんでから口へとそれを運んだ
一方の少女はふうふう、と冷ましつつ ちらり、と様子を見る

すると


 「 …うん、いつもよりもまろやかだ 」

 「 でしょv? 」

 「 だが…少し、な…? 」

 ( ……「 だが 」って何?!;; )


彼の意外な返しに得意気だった笑顔が一変して焦るトキヨ

…だったが。


 「 …冗談だ。美味いよ 」


と、人の悪い笑みを浮かべ コーヒーを啜る彼 
その意地悪な大人にムッと顔をしかめ 身体ごとそっぽを向いてそれを飲む

だが まだ少女が飲むには熱かった為にちょっと含んでからまた冷まし出した


 「 火傷には気をつけなさい 」

 「 解ってますぅ 」


クスクス、と笑う家主をジロリ、と睨みつつ
トキヨはジンジン痛む舌を気遣って
必死にコーヒーを冷まそうと努力する

その姿が愛らしいのか、ロイは暫しカップを置き 少女を見つめる


 「 ちょっと、見世物じゃないんですけど…/// 」


視線の先の少女は彼の視線が痛いのだろう 目を合せられずにいる


 「 いや、失敬。そうしていると割りと女性らしく映るな、と思って 」

 「 人を何だと思ってるのさ、あんた 」



 「 …ウンディーネ 」



その言葉にトキヨは何をいうのだと驚き 彼を凝視した

 
 「 水の精霊でね ネーレーイスとも呼ばれる四大精霊の一つだ
   …初めて君を見つけた時 そう思った  」

 「 …… 」

 「 ただ実際に拾ってみたら幼い少女だったがね 」


柔らかな声音と漆黒に我を忘れていた少女はいきなり掌をひっくり返されて
頬が途端に熱くなるのを感じた それが悔しくて慌てて反論する


 「 ! 俺は18だっつの!/// 」

 「 ……今何て云った? 」

 「 だから18…って…………あ。 」


 ( いかん…思わず素が出た…;; )


そう 今の今までトキヨは社交性を考え 一人称を「 私 」と云ってきたのだが
カッとなってつい「 俺 」といってしまったのだ
だからと云ってどうこうと云う訳ではないだろうが…


 「 …; 」 
 
 「 はぁ…それが君の自然体かね? 」

 「 …悪いかよ 」

 「 女性がわざわざ男の様な喋り方をする必要はないだろうに 」

 「 いいじゃん 別に。コレには深い訳があんの! 」


じと目で見つめる少女の意外な一面に少々の溜息を零すロイ  
トキヨとしてはコレで嫌われたら…、などと内心 冷や汗諾々であるが


 「 まぁ だからと云って詮索する気は毛頭ないがね 
   少し驚いただけだ さて、そろそろルーを入れようか 」

 「 あ、うん 」


そういってロイは立ち上がり キッチンへと戻った
トキヨの心配を他所に彼の反応は割とあっさりしたものだった

彼にしてみれば人の価値観なんてそれこそ百人いれば百通りだと気には留めなかった


二人はキッチンへと戻り 調理を再開する
少女から渡されたルーを溶かしながら彼がポツリと言葉を零した 


 「 しかし ハボック達には少々厳しい現実だな 」

 「 は?何? 」


その言葉の意図がわからず 疑問符を投げるトキヨ
どうやら気づいてないらしい少女にロイは小さく苦笑した


 「 いや 何でもない 」 

 「 ? 」

 「 それより少し気が変わった 君に仕事をやろう 」

 「 ホント?! 」


突然の提案に目を煌かせるトキヨ

「 どんな仕事?! 」となべと向かい合っている家主に聞くと…


 「 コーヒーを淹れて貰おう 」



 「 …はあ? 」


コーヒーを淹れろ。
その一言に思わず 眉間にしわが寄る


 「 君のこの家での仕事だ 文句があるか? 」

 「 あります 俺は社会に貢献したいの。 」

 「 社会より、まず先に家主に貢献しようとは思わないのか? 」

 「 う…それは……だがら…; 」


どんぴしゃりの痛い所を衝かれては云い返す事など出来様はずが無い


 「 記憶を取り戻す事だけを考えろ。今日 云ったばかりだろう? 」

 「 … 」

 「 トキヨ 」

 「 解ってる 解ってるよ… 」  


ふい、と視線を外す少女に後味が悪そうに眉を顰めるロイ


暫し お互い何も云えずにいる

そこに彼がちょっとした事を口にし 沈黙を破った


 「 そういえば紅茶では何か秘策の様なものは無いのか? 」

 「 …ううん、知らない。ブランデー入れると美味しいって聞くけど 」
 
 「 それは確かだよ では今度は私が君に美味しい紅茶をご馳走しようか 」

 「 … 」


気まずい雰囲気を打破しようとしてくれている彼にトキヨは小さく息をして
改めてロイへと顔を上げる


 「 …ま、とりあえず期待しておくよ 」


少しぎこちない微笑み

だが 今の彼を安心させるにはそれでも十分だった…


 



我侭な嘘

護る為の嘘

貴方にはまだ話せないから嘘のままで…