貴方は優しい

でも…





 < ACCIDENT >







あまりの唐突な事にどうすればいいか
頭が回らなかった 




 「 何故 こんな所に一般人がいる? 」


 「 …っ 」




逃げれば追いかけられる



逃げなければ―――…






 ( ロイ…! )






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太陽が空の頂点に昇り 一日の中で最も明るい時間

東方司令部に続く広い階段を降りてくる人物が二人


一人は空の蒼の様な軍服に彼の色と同じ漆黒のコートを羽織る男と
もう一人は淡いコバルトのワンピースを着た背にチャームポイントとも云える
長い髪を遊ばせている少女



 「 おっ昼〜おっ昼ぅ〜♪ 」


何とも軽い足取りで唄うトキヨ


だが…



 「 食べる事となると生き生きするな 」


後方・頭の上から余計な声が降ってくる


 「 違うよ!失礼ねっ!いい?普段の俺に許されてる行動範囲が
   どれっ…ほど少ないか貴方解ってらっしゃる? 」

 「 はは、そうムクれるな 冗談だよ 」

明らかにからかっている彼に先程までの笑顔を消し
キッ!と鋭い視線を向けるトキヨ

しかし そんな事などで応える筈もなく今にも噛み付きそうな少女の横を
いつもの食えない笑みで難なくすり抜け 先に階下へとその足を落ち着けた

 「 君の理不尽さは重々承知している…だからこそ
   こうして外で食事を取るようにしているだろう? 」

 「 …/// 」


ふいに振り返り 見上げてくる漆黒

ふざけている様で尤もらしい事をさらりと仄かな笑みにのせて云うのだから
なんとも反則的である


 「 …温かいお心遣い痛み入りますわ、家主様。 」

 「 どういたしまして 」

トントン、と遅れて階段を降りるとわざと嫌そうに礼を云う少女に
どこか優しさを含んだ笑顔でロイは応えた  








ジリリリリ、ジリリリリ…




二人が後にした東方司令部にある電話が入った 





 「 はい 東方司令部です 」

 『 ニューオプティンのハクロだが、今日そちらへ視察がてら顔を出すと
   将軍殿に伝えてくれ 』

 「 解りました 」





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 「 空、何か曇ってきたね 」


ロイ、トキヨの両名が食事を終え 再び司令部へと戻る道中
トキヨは空模様が気になり ふと顔を上げる

司令部を出た時はそれこそ 雲ひとつない天気だったというのに…


 「 そうだな 雨雲ではなさそうだが… 」

ロイも少女の言葉にその眼を空へと上げ 様子をみる

すると


 「 大佐! 」


司令部の階段が見えてきた時 小走りでハボ ックがやってきた
「どうした?」とロイが理由を聞くとあまり気乗りしないのか
口篭る様に用件を話した

 「 それが…今ハクロ将軍が来てるんですよ 」

 ( げっ!ハクロが?!;; )

 「 また随分と急なお越しだな 」

 「 そうなんすよ、それでトキヨの事なんすけど…どうします? 」

 「 … 」

ハクロ将軍…

その名はロイ達にとってもトキヨにとってもあまり縁起のいい名前ではない

彼は典型的な悪者キャラというか、薄汚い男でロイをよく思わない者の一人だ
だからトキヨの存在が知れれば五月蝿い事になりかねない


 「 …ハクロ将軍はどう云った用件で此処に? 」

暫し悩む素振りを見せていたロイがふいにハボ ックに問うた
 
 「 視察ついでに来たみたいですよ?
   だから あんま長くはいないと思いますよ 」

 「 ふむ…なら部屋に行くまで見つからなければ問題はないか 」

 「 帰らなくていいの? 」

 「 ああ 」

 「 でも大丈夫っすか?もし見つかったら… 」

 「 その時は適当にあしらうさ 」

 「 適当って…; 」

いい加減というか正に適当な上司に半ば呆れつつ
少女を連れた彼の背中をハボ ックは後頭部を摩りながら見送るのだった





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 「 …よし、来なさい 」

ロイの先導でトキヨの部屋に続く階段や通りを周囲を窺いながら進んでいく二人
コレではまるで何処かのスパイゲームである。

 「 何でこそこそとしなきゃならないんだか… 」

 「 文句なら将軍に云いたまえ 」

明らかに嫌だといった様子のトキヨと明らかに面倒そうな口調でいうロイ
両名ともうんざりな気持ちなのだろうが…


 ( ……文句の前に殴り飛ばしたいよ。 )

トキヨとしては彼を邪魔する虫であるハクロはとてつもなく憎い男なのである


そんなトキヨの内なる心など露知らずロイは着々と目 的地へと歩を進め
とりあえず何の問題も少女の部屋の目 と鼻の先までは辿り着いた

 「 …ねぇ。ここからはもう大丈夫でない?
   大体お偉いさんが用あるのって大佐か将軍のとこでしょ? 」

 「 確かに私が不在だからおそらくは将軍の所だろうとは思うがね 」

不在でなかったらきっと厭味をたんまり聞かされていたのだろうな、と
肩を竦めて見せるロイにクス、と少女はやっと微笑って見せた


だが それがいけなかった…


 「 なら俺の部屋の通りなんてまるっきり関係ないじゃん
   平気、平気〜♪ 」

 「 あ、こら 」

するりと彼の横を通り抜け 部屋の続く曲がり角を曲がったタ瞬間―――
 


 「 ん?何だね君は? 」


会ってはならないソレに遭遇してしまった…。


 ( マジですか…;; )

突如出現した最悪の男とその付き人二人を前にトキヨは
逃げるか否か必死に思考を巡らせる

だが そんな暇などは無かった

 「 此処は一般人がうろうろする所ではない! 」

付き人の一人がツカツカとすかさず歩み寄り トキヨの腕を掴んだ
 
 「 ちょ、ちょっと…!; 」

 「 何処から入ってきた! 」



 「 彼女を放したまえ 」


怒 鳴りつける男を制止させたのはロイ・マスタングの一声


男は不服そうにしながらも少女の腕を解放する
自由になったトキヨはすぐに男の元を離れ 家主の広い背へと隠れた

ひとまずホッとした少女だったが正念場はこれからであった


 「 これはこれはマスタング大佐 姿が見えなかった様だが
   何処へ行っていたんだね? 」


明らか厭味です満開な言い回しのハクロ その容姿は
グレーの髪をオールバックにし 少し大柄な身を蒼い軍服で覆う
その肩のラインにはロイより二つ上の少将のラインがある

 「 は!昼食を取る為に外へ出ていました 将軍がいらっしゃるとは
   聞いていませんでしたので失礼しました 」

 「 視察に寄ったのでね 知らないのも無理はない 」

 ( なぁーにが「知らないのも無理はない」だよ!アホ!(怒 ) )

きちんと敬礼し 侘びをする彼に対して見下す様な態度を取るハクロ
トキヨとしては今すぐにでも張り倒してやりたいのだが…


 「 …ところでマスタング大佐 その少女は一体何者かね? 」

 「 、… 」


ふいに自分へと向けられた視線


 「 見たところ軍関係者ではなさそうだが… 」

冷ややかで嘗め回す様なハクロの目
トキヨは目 を伏せながら怒 りと恐怖からロイの服を握り締める

そんな時


 「 はい、九日程前に私が保護した民間の少女です 」

さ、とハクロの視線が及ばぬ様少女と男の間をロイが手で遮った


 「 …では何故 その民間の少女を野放しにしている?
   仮にも此処は軍司令部…そして君はその司令官だろう 」

その行動が気に食わないらしい彼はその冷ややかな視線を今度は
ロイ・マスタングへと標的を変えた

だが…


 「 確かにそうですが…彼女は軍に有益な存在に成りえる原石です 」

そんな視線になど全く動じず 両の漆黒は男のソレと対峙する


 「 ほぉ…それはどういう意味だね? 」


 「 彼女は鋼の錬金術師に並ぶ逸材です 」



 ( ……!?;; いや無茶ですから!!;; )

素敵な紳士振りを発揮してくれている彼にトキメいてるのも束の間
とんでもないデマを口にするロイに一瞬 我を忘れてしまった

いくらあまり顔を合わせる機会が無いとはいえ
流石に云い過ぎだろうとの事で服の袖をクイクイ、と引っ張り
制止を促すも時既に遅し。

 「 出逢った当初は何らかの原因で記憶を失っており また身寄りがないものと
   判明しましたので私の元で保護し 国家試験の受験を交渉中です 」

 ( 何が適当だ…てか、一番最後は明らかにウソです…(涙) )

終止形で纏められた話を背中越しで聞いていた少女は
もうどうにでもなれ、と心の片隅で嘆くのだった


…が。


 「 ほぉ…そんなひ弱そうな少女がかね? 」

 
 ( ……ンの野郎…いい気になりやがって…! )

どうやら怒 りが頂点に達したらしく トキヨはロイの背を離れ
盾となっていた腕をすり抜け様に左腕で押しのける


 「 …?!/// 」


 「 大丈夫だ 怯える必要はないよ… 」


…はずだったが 押しのけようとした腕は即座に背中に回され
そのまま彼に抱き込まれる形となった

まるで幼子をあやす様にそっと囁いて…

けれど回された腕は少女を逃がさない様にぐっと力が込められていた為
もがいた所で太刀打ちは出来ないと判断し
彼の即興の芝居にトキヨは合わせざるおえなくなった

 「 人見知りな様で、初対面では怯えてしまうんです 」

 「 …成程 君にはよく懐いてる様だな 」

 ( こンのクソジジィは…///(怒 ) )

 「 鋼を連れてきた君が認める程だ 良い素質を秘めているのだろうな
   まぁくれぐれも手を噛まれない様に気をつけたまえ マスタング大佐 」

厭味を云い終えるとハクロ達はロイ達が来た道を逆走する形で視界から消えた

ロイはその背中が消えるまでとりあえず少女を抑えながら敬礼で見送る




 「 ………… 」



暫くして彼等の足音が霞んだ頃 ロイは少女へ込めていた力を緩ませた



 「 ――っ何で止めンだよ!! 」


それを見計らいトキヨは腕を突っぱねて勢いよくそこから脱した


 「 止めなければ君は暴れただろう? 」

 「 だからってもう少しやり方ってもんがあんだろーが!!/// 」

 「 あれ以外にどうしたら良かったと?押さえつける訳にもいかないだろう 」

激怒 するトキヨに対し ロイはしようもないといった風に平然としている



そんな態度がトキヨには許せなかった――…



 「 そっちの方がマシだったさ!あんな野郎の前でなんか…っ/// 」


抱きしめられた


彼の鼓動が伝わった

時計の様に狂う事無く一定のリズムで刻む音


だから怖い


自分のとても早い鼓動が彼に伝わったのかもしれないから…



 「 ――…っ 」



しかし 頬を染めながら怒 鳴り散らす少女はその男には
単にからかう材料で…



 「 …お前 異性に抱きしめられた事ないのか。 」



 「 ――っ…最ッ低! 」





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ジリリリリリ…



 「 私だ 」

 「 中央のヒューズ中佐からお電話が入ってます 」


少女の機嫌を損ねて数時間 

今日の公務を終え 帰宅する為にデスクを片付けているロイの元に
おそらく災難であろう友人からの電話が飛び込んだ


 ( 一難去ってまた一難か… )


 「 繋げ 」

 『 よぉロイ!トキヨと元気でやってるか! 』


何も知らない彼は相変わらず能天気な声で痛い所をついてくる


 「 話に付き合ってやりたいのは山々だが 生憎これから片づけをして
   トキヨを迎えに行かなければならんのだ 長話はするなよ 」

 ( 唯でさえ怒 らせているんだ これ以上機嫌を損ねると
   何をするか検討がつかん… )

 『 何だ、そうなのかぁ…ま・トキヨを待たす訳には
   いかねーから仕方ねーな 』

 「 で?一体何なんだ? 」

 『 それがな、昨日町を歩いてたら面白い子に出くわしたんだよ
   その子ミツキっていうんだがお前さんとこのトキヨに似ててなぁ 』

 「 容姿が似てる者などこの世の中には五万といる 」

 『 いんや。年は近いみたいだったが外見は全然似てない。 』

 「 それの何処が――― 」


 『 それが似てんだよ、不思議と…。 』


最初は何を云いたいのか解らなかったロイだったが
ヒューズのその言葉の意味を理解するとお得意の不敵な笑みを刻む


 「 …ほぉ、お前にしては珍しく面白い情報だな 」

 『 珍しいってなんだよ 』 

彼なりの褒め言葉に心外だ、といった様な言葉が友人から帰ってきた


すると


 「 大佐?いらっしゃるんですか? 」

コンコン、と軽いノックの音の後に開かれたドアからリザが顔を覘かせた


 「 ああ、今出るところだ 悪いがもう切るぞヒューズ
   アレを待たせると後がうるさいんでな 」


 『 そりゃ大変だ☆(笑) 
   じゃあ、またな! お・と・う・さ・ん☆ 』


「ヒューズ!」と怒 鳴った頃には既に電話が切られ
ツー、ツー、という不通の音が受話器からロイの耳に届いた


 「 〜〜っ!(怒 ) 」

力一杯に握り締めた受話器をガチャン!と思い切り本 体に戻すと
毎度の事ながらリザから「電話はお静かに!」と注意が促される

 「 ヒューズ中佐からでしたか 」  

 「 ああ…(怒 ) 」

まだ発散しきらない怒 りをぐっと堪え 身の回りの整理を終えると
気を利かせたリザが男の上着をその手に携えてそっと手渡す
渡されたロイは「すまない」といってそのコートに袖を通しながら
入り口へと歩みを進めていたのだが…


 「 …中尉、列車をとってくれ 」


ふと足を止め 急な事をいう彼

だが優秀な右腕は「何故」とは聞かない


 「 中央、ですか? 」

 「 ああ…今夜中に必要になるかもしれん 」